2011年5月2日月曜日

 ヤエヤマブキ

 

 大学時代、ワンダーフォーゲル部の企画で
 「みんなで歩こう50キロ」というのがありました。

 学内外に呼びかけ、とにかく50キロ歩くという催しで
 恩田陸さんの「夜のピクニック」みたいな感じ。

 時速4キロメートルで歩いたとして12時間半
 食事もしますから、もっとかかります。

 足にマメのひとつ、ふたつはでき
 最後はくたくたになります。

 途中、先輩のリュックに蝶がとまっていたので
 指摘すると、「幸せの徴(しるし)よ。」。

 なんのことかと思いきや
 映画「慕情Love Is a Many Splendored Thing) 」からの引用。

 主人公の中国人の女医ハン・スーインが恋をした戦場記者マークに
 そのような中国の言い伝えを教える場面があります。

 その話を下敷きにした、とっさのやりとり
 とても感心しましたし、懐かしい思い出です。

 さてヤマブキのうち八重咲きになる品種がヤエヤマブキ
 八重ヤマブキには実ができません。

 種子植物に進化したはずのヤマブキが、たとえ実をつけずとも
 美しくあるために八重に進化したというのは、とても人間的。

 もっともそれだけでは種の保存がはかれませんから  
 地下で茎を横に伸ばして、種を増やします。

 またその美しさから人間が庭や垣に植えるという形で
 増えています。

 このようなことは王朝貴族にも知られていたようで
 兼明親王の歌が「後拾遺和歌集」(1086)に収められています。
 
   七重八重 花は咲けども 山吹の

            みの一つだに 無きぞ悲しき

 それから400年が経ち
 江戸城を築いた太田道灌の山吹伝説。

 道灌が父を尋ねて越生の地に来たところ
 にわか雨にあい、蓑を借りようと農家に立ちよった。

 そのとき、娘が出てきて一輪の山吹の花をさしだした。
 道灌は、蓑を借りようとしたのに花をだされ腹立たしかった。

 後でこの話を家臣にしたところ、それは兼明親王の歌に掛けて
 つぎのとおり奥ゆかしく答えたものだと教わった。

  貧しさゆえ、悲しいことに
  蓑(=実の)一つさえ持ちません。

 道灌は古歌を知らなかったことを恥じて
 それから歌道に励んだという。

 歌道より善政(救貧施策)に励んでほしい気がしますが
 いかにも日本的な美しい話であることに違いありません。
 

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