ラベル 西鉄二日市駅 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 西鉄二日市駅 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年2月16日金曜日

太宰府路散策(第2回)(1)

 

 ちくし法律事務所の有志でグループを結成して(ヴァイタリティーちくし同好会)、ウォーキングを楽しんでいる。その一貫で、太宰府路散策(第1回)を実施したことなどは前に書いた。







当事務所に新人弁護士が加入したこともあり、第2回を実施した。参加者は弁護士4人、事務局2人、その子ども2人の8人である。

まえと同じコースでは面白くない。西鉄都府楼前駅ではなく、西鉄二日市駅を出発点とした。事務所から出発するほうがよかったが、参加者がアクセスしやすい都合で西鉄二日市駅東口に集合した。

駅から北へ向かって歩く。5分ほどで客館跡に着いた。「特別史跡 大宰府跡 客館跡」と表示された碑がある(古代の都や役所をさすときは大宰府、現在の自治体や天満宮をさすときは太宰府の文字を使う。)。客館というぐらいだから、古代の迎賓館のようなものだろうか。

福岡市内、もとの裁判所があったあたりの下には鴻臚館跡が埋まっていた。外国使節の応接はまず鴻臚館、つぎに客館という流れだったのだろう。

西鉄操車場跡である。広々としている。色分けした舗装により、条坊制による東西の路の跡が分かるようになっている。西鉄の軌道があるせいで、条坊路のほうが歪んでいるように感じる。

展望台に登る。北に四王寺山・大野城、北東(牛寅)に宝満山、南に基山・基肄城を遠望することができた。

客館跡から5分ほどで朱雀大路跡。北が玄武、東が青龍、西が白虎、南が朱雀。それぞれの神獣が都を守っている。朱雀大路はすなわち大宰府の南大路である。いまは住宅がおおっていて、古代朱雀大路が存在することを想起するには相当の念力が必要だ。

朱雀大路が存在したであろうあたりを東に渡れば榎社。菅原道真の謫居跡である。小さな神社になっている。参拝。

榎社からさらに北へ歩く。わが事務所の顧問会社が点在している。新人弁護士に対し「立派な弁護士を顧問にされているという噂の会社です。」などと冗談を言いながら歩く。

現在の朱雀大通にでる。バイパスを渡ると、東から西へ御笠川が流れている。東北には宝満山。宝満山はその昔、御笠山と呼ばれていた。笠の形をしているから。御笠川は御笠山に水流を発するので御笠川なのである。

2012年2月6日月曜日

雪の宝満山・登山~難所が滝~



 きのうはいつものメンバーで
 雪の宝満山にのぼりました。

 この時期、お目当ては
 もちろん難所が滝。

 午前8時に西鉄二日市駅の東口に集合
 駅前のセブンイレブンで食料を調達。

 おやくそくどおり寝坊のため不着の人がいて
 予定より1人すくない人数で出発。 

 駅前の西鉄タクシーに分乗して
 筑紫野市の吉木・大石の先にある宝満山登山口へ。

 おそらく難所が滝をお目当てにしたとおぼしき
 ツアー・バスがすでに停車していました。

 むろんわれわれも
 目指すところはおなじです。 

 沢沿いの猫谷川新道をのぼりました。
 3合目のあたりから残雪がちらほら。

 吊舟岩のなかを探検したあと
 金の水、普池の窟を経て長崎鼻へ。

 下りになりすべりやすくなったので
 アイゼンを装着。

 そこから先は
 やはり難所が滝を目指す人々で大混雑。

 長崎鼻の坂をくだったところに分岐があり
 左折して急坂を下るのが近道。

 ですが、われわれは
 もうすこし三郡山方面へ足をのばし迂回することに。

 迂回先の分岐で昼食。
 ここも交通の要衝のせいか、やはり大混雑。

 雪中寒いながらも
 わいわいがやがやとにぎやかな昼食でした。

 そこで遅刻していたメンバーと電話連絡がとれ
 難所が滝で合流することに。

 昼食後、宇美町方面へ
 坂をくだります。

 ここでも多くの人々と
 行き交いました。

 途中、どうでしたか?
 と訊くと、いや、人が一杯ですと。

 しばらく行くと
 左前下方に白く輝く壁があらわれました。

 難所が滝です。
 あちこちで歓声があがります。

 ほんとうに美しい滝です。
 すばらしい!

 しばらくまって、もう無理かと出発したところ
 ようやく遅参のメンバーと行き会いました。

 かくて
 全員そろって無事に下山したのでした。

 むろん独身メンバーもいたので
 婚活スポットめぐりもしました。
 
 みなさんも、いかが?