ある母から認知請求事件の依頼を受けた。認知とは親子関係があることを役所に届け出ることだ。認知心理学とかいう場合の認知とはすこし違う。
認知請求事件の依頼人は、基本的に未婚の母だ。結婚していれば嫡出の推定が働く(民法772条)。すなわち、妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定される。
父のほうは、妻に請求する必要はない。自分で役所に届け出ればよい。かくて認知請求は、未婚の母から父に対する請求という形をとる。
親子関係が確認されれば、養育費の支払義務等が発生するので、任意には応じない父もいる。
その場合、家庭内のことであるから、まず家庭裁判所へ調停を申し立てることになる。いわゆる調停前置である。
父が調停に応じてくれればよいが、父子関係を否認された場合、訴えを起こし、鑑定が必要になる。鑑定とは特別の知識・経験に基づく専門家の判定である。
ぼくが弁護士になったのは1986年だけれども、そのころは血液のABO型や父子が似ているかどうかというアバウトな鑑定だった(ドラマなどでも、父子じゃないという場面の根拠はたいがい血液型の違いだった。)。
しかしそれ以降、親子関係の鑑定技術は急速に発達した。いわゆるDNA鑑定である。それが日常実務レベルで使えるようにまでなったのである。
ワトソンとクリックが遺伝子(DNA)の二重らせん構造を発表したのが1953年。高校の教科書に掲載されたDNAのX線解析写真は2次元の対称的な斑点模様にすぎず、この映像からよく二重らせん構造に思い至ったものだと感心した。
2002年以降薬害肝炎裁判に取り組んだけれども、C型肝炎ウイルスが同定されたのは1989年である。それまで非A非B型肝炎とされていた。A型でもB型でもない肝炎という背理法のような定義であった。それが遺伝子レベルで同定できるようになったのである。
DNA鑑定が刑事事件に導入されたのが1991年。PCR法だ。そのころ以降、民事・家事事件にも順次DNA鑑定が導入された記憶だ。ただ当時は1件50万円くらい費用がかかったのではないかと思う。
ある議員さんから、故人のDNA鑑定ができるかどうか相談されたこともあった。遺髪を探してもらったけれども、DNA鑑定まではできなかった。
いまやドラッグストアの前を歩いていると、新型コロナのウイルス検査が1800円くらいでできるとうたっている。あれも立派な遺伝子検査だ。ただし、ウイルスなので、DNAではなくRNA検査である。安い。隔世の感とはこのことだ。
肝心の親子DNA鑑定の費用はというと、19,800円(ネット情報)。これまた安い。
近時、婚姻関係でさえも不安定だ。3組に1組は離婚している。残る2組のうち1組も仲が悪い。SNSやマッチングアプリで知りあい、結婚。離婚相談の際、相手の親のことを尋ねると、会ったこともないという。2人の愛以外に結婚を支えるものがなにもない状態だ。
ましてや、婚姻関係のない父子関係を確認することに、どれだけの意味があるのか不安を覚える。でもやるしかない。認知された子どもの将来がすこしでもよいものになることを祈りつつ。
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