2021年3月6日土曜日

今世紀でもっとも偉大な・・・

 

「本当の名前は・・・」(「ちくし法律事務所」の日常: 本当の名前は・・・ (chikushi-lo.jp))の後日談です。


みなさん、ハリー・ポッターはご存じでしょうか?

イギリスのJ・K・ローリングの著作で、魔法使いのファンタジー小説です。


私はその中のダンブルドアという登場人物が好きです。

主人公ハリーが通うホグワーツ魔法学校の校長。闇の魔法使いが唯一恐れる人物で、20世紀でもっとも偉大な魔法使い、という設定です。


この人、名前が長い。アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア、といいます。作中でも、署名するといって時間を稼ぐ場面があります。


さて、先日のブログの話。


ブログを読んだ友人から、「Y先生の本名が気になる」との感想をもらいました。


「パーシバル・ウルフリック・ブライアンがミドルネームだった。」と分かりにくい回答をする私。


友人の返答は、


「今世紀でもっとも偉大な弁護士やな。」というもの。


かくして今世紀でもっとも偉大な弁護士を先輩にもつことになりました。



富永



2021年3月5日金曜日

一里、千里


 一里はいまは4キロメートルのこととされていますが、むかしは逆に1時間で歩ける距離という定義だったのではないでしょうか。1フィートが文字どおり足の大きさ、1尋(ひろ)が両手を広げた幅であるように。

とにかく東京~京都間を歩けといわれても困惑するので、ペースメーカーとして一里塚が築かれたのでしょう。

大濠公園1周はだいたい2キロメートル、2周で4キロメートルです。わかりやすい。むかし部活で5周とか10周とか走らされていました。市内の大学でチームを組んで、リレーをしたこともあります。女子大とも交流できるかっこうの機会でした。

千里眼、千里の道も一歩から、母を尋ねて三千里などともいいます。千里というのは具体的に4,000キロメートルというより、とても遠いという意味でしょう。

千里といわれてまず思い浮かべるのは森高千里ですね。足の長さが千里なのでしょうか。まさか。

大江千里さんというシンガーソングライターもいます。

シンガーソングライター、日本語に訳せば歌人でしょうか。
歌人の大江千里は、千年前にもいました。

百人一首でこんな歌を詠んでいます。

月見れば千々に物こそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど

千々と一つを対比させて効果をねらっているのでしょうね。それが百人一首に採られて、それもまた面白いところです。

名が千里なので千々に物悲しかったのでしょうか、千々に物悲しいので千里という名になったのでしょうか。まさか。

一里塚を兼題にして、みなで俳句をつくってみました。おなじテーマでも、思い浮かべる詩情・情景はそれぞれ。たった17文字ですが、千々の表現になるところが俳句の面白さでしょうか。秋には是非とも月を兼題にしてみようと思います。

2021年3月4日木曜日

一里塚

 

事務所の昼休みに有志で句会を行いました。


俳句をつくったことなどない私も参加しました。


3月4日は、1604年に江戸幕府が東海道・東山道・北陸道に一里塚を設置した日らしく、お題は「一里塚」。


一里塚とは、旅行者の目印として道路に1里ごとに設置した塚で、道標の一種です。


旅行者が知らない土地を歩く道標にはなるようですが、俳句という知らない世界を歩く私には何の道標にもなってくれず苦笑。


優秀作品は事務所に掲示していますので、来所された方はぜひご覧ください。



富永

換骨奪胎

 


事務所である文書をつくることになりました。
後輩弁護士が起案担当だったのですが、大事な文書なのでついぼくが下案を書きました。

後輩がそれに手を入れるというので、換骨奪胎しないでよ!と注文しました。換骨奪胎について、作品の不当なパクリを意味すると理解し、悪いイメージの言葉として使用しました。

念のため換骨奪胎の意味を確認してみると、なんと、本来は肯定的な意味あいの言葉のよう。すなわち、

「古人の詩文の表現や発想などを基にしながら、これに創意を加えて、自分独自の作品とすること。他人の詩文、また表現や着想などをうまく取り入れて自分のものを作り出すこと」(三省堂 新明解四字熟語辞典)。

和歌における本歌取りのような意味でしょうか。四字熟語は中国の古典からとられ、簡潔な表現のせいか、このように意味が反転してしまう例がすくなくないように思います。

四字熟語ではないのですが、すこしまえ、知り合いの弁護士が、困難な問題について、断じて行えば鬼神も之を避くと述べていました。つまり、よい意味で引用されていました。

なつかしく思いました。ぼくも大学時代にこれを引用したことがあったからです。やはりよい意味で引用しました。

しかし、今般、出典をしらべてみました。手元に『史記』があったからです。するとなんと、これは趙高が李斯に暗殺をうながすときの言葉だったのです。

あのキングダムで有名になった秦の始皇帝の死後の事件。趙高は宦官であり、平家物語の冒頭にも出てくる歴代の悪役の1人。李斯は秦の宰相、暗殺対象は始皇帝の優秀な子どもです。このため秦は優秀なリーダーを失い、短時日で滅びてしまいます。

大学時代の文書の詳細は覚えていませんが、引用の過ちを40年ぶりに知りました。

過ちては即ち改むるに憚るなかれ。当職も、最高裁判事にならい、論語の教えにしたがい、40年前の過ちを訂正させていただきます。ごめんなさい。

(写真は、四王寺山の岩屋城跡にて、どなたかが並べた落ち椿の作品。ニコライ・バーグマンふう。それを美しく撮影してみました。よい意味で換骨奪胎できていればよいのですが。)

2021年3月3日水曜日

カエルがかえる


 

四王寺山を歩いていたら、水たまりにカエルのタマゴ。
ひさしぶり、子どものころはよく見かけたのですが。

さいきん、宝満山をのぼるヒキガエルが話題で
太宰府市の市民遺産にも認定されています。

宝満山を登っていると、たくさんの小さなカエルが登っていきます。
踏まずに登るのが難しいぐらい。

これもすわヒキガエルのタマゴと思いきや、
調べてみると、アカガエルのようです。残念。

でもよく見ると、タマゴのなかでもうオタマジャクシになっているやつもいます。
孵化するまであと数日というところでしょうか。

かえるがかえる(カエルが孵る)、なかなか語呂がよいです。

2021年3月2日火曜日

マナーはいらない

 

ブログの更新がとまる理由は、①忙しい、②ネタがない、でしょうか。


忙しい、という漢字は、よくみると「心」を「亡」くすと書きますね。

たんに仕事量が多いときより、楽しむ心の余裕を亡くしているときに忙しく感じるなあと思いました。


さて、先日、三浦しをんさんの『マナーはいらない 小説の書きかた講座』という本を読みました。


「書き方」を書いた、というメタ的な本です。

Web連載を単行本化されたもので、小説の書き方について、なんと24テーマで連載されています。


「そんなにテーマがあるのかね?」と思って読み始めると、案の定、途中でネタがないという話をされていて、連載の苦しみを垣間見ました。でもネタがないこと自体をネタに文章を書くって力強いですね。


ところで、私も最近メタ的な体験をしました。


「あ、独りごと言ってる」という独りごとです。


はっ、どうやら心を亡くしていたようです。


富永


2021年3月1日月曜日

紫の野におりたつべし


大宰府政庁跡、裏にいくとこんなかんじ。
ホトケノザの群生です。

といっても春の七草のあれではありません。
春の七草、いえますか。

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ
これぞななくさ。

七草のほうは別名、オニタビラコ、キクの仲間です。
対するこちらはシソの仲間です。

吾も春の野に下り立てば紫に
             星野立子

高浜虚子の次女、虚子に師事し、そのあとを継ぎました。
明るく伸びやかな感性の日常詠を特色とするそうです。

この句も例外ではなさそう。
立子、紫の野に立つ。

その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。
失われし大地との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地に導かん。

ナウシカを思い浮かべてしまいますね。
クライマックスでナウシカの服の色が赤から青に変わり・・

ナウシカは古代ギリシアの長編叙事詩『オデュッセイア』に登場。
紀元前8世紀の吟遊詩人がうたったそうですから、ほぼ3000年まえ。
縄文杉がひこばえのころの話です。

スケリア島の王女で、オデュッセウスを故郷イタケへ送りかえします。別れ際、国へ帰ってもいつか自分のことを思い出してほしいと告げて。

ナウシカは20世紀最高の小説の一つ『ユリシーズ』にも登場します。
そりゃそうです。ユリシーズはオデュッセウスの英語読みですから。

こちらのナウシカはちょっとエッチな役柄。
でも放浪し虐げられた主人公を癒やし快復させる役割はいっしょです。

宮﨑駿のナウシカはどれともちがっていてアクティブ。
でもわれわれを深いところで癒やしてくれます。

きょうから弥生三月。
みなさんも筑紫の春の野に下り立ちませんか。
失われた人々との絆を結び直すために。