ネタバレになると困るけれども、ブックカバーの裏にある紹介文の引用であれば許されるであろう。
「明治末期、文明開化の波も遠い越後の山里。小正月と山神への奉納芝居の準備で活気づく村に、東京から旅芸人が招かれる。不毛の肉体を持て余す美貌の役者・凉之助と、雪に閉ざされた村の暮らしに倦いている地主の嫁・てる。二人の密通が序曲となり、悲劇の幕が開いたー人間の業が生みだす壮絶な運命を未曾有の濃密さで描き、伝奇小説の枠を破った直木賞受賞作。」
この紹介文を読んだだけでは、誰が、なぜ、「山姥」なのかさっぱりわからない。地主の嫁・てるが山姥なのだろうか。
山姥(やまんば)といえば、子どもの絵本『うまかたやまんば』。福音館書店HPの紹介はこう。
ある日、馬方は浜辺でたくさんの魚を仕入れ、馬に乗せて歩いていました。すると峠にさしかかったとき、山姥に「魚をおいてけ」といわれ、追いかけられます。馬方は怖くなり、魚の荷を投げて、山姥に差し出します。しかし、山姥はまだ追いかけてきて、馬方といた馬まで、すっかり食べてしまいます。さて、馬方の仕返しは・・・。はらはら、どきどきの連続、痛快な昔話絵本です。
おなじく『くわずにょうぼう』。おなじく福音館書店HPの紹介はこう。
欲張り男のところに、よく働くが飯を食わない美しい女がやってきて女房になりました。最初は喜んだ男でしたが、ある日、蔵の米がごっそり減っているので、隠れて見ていると、女房は男の留守に米を炊き握り飯を作ると、髪をほどいて頭のてっぺんの大きな口から食べてしまっていました。女の正体が鬼婆だったことを知った男は、鬼婆にとらえられ・・・。赤羽末吉の絵によるスリリングな昔話の絵本。
どちらも子どもたちが小さいころ繰り返し読んだ。
子どもたちにとって、母親はときに優しい女神であり、ときに恐ろしい山姥だったりする。山姥は後者のイメージを具象化したもの。それにより子どもたちのこんがらがった頭のなかが整理されるというような話を読んだことがある。河合隼雄だったか、あるいは、その他ユング派の流れを汲む誰かだったか。
坂東眞砂子の小説のタイトルの読み方は「やまんば」ではなく「やまはは」である。その理由は読めばわかる。
0 件のコメント:
コメントを投稿