過去に何度も戻って課題を解決するというと、トム・カーナンの口ぐせ「いまは言わば過去を振り返って整理し直す時なのさ」を思い浮かべる。かれはジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』の登場人物である。
『ユリシーズ』は、わが子を幼くして亡くし、うまくいかなくなった夫婦や宗教上の信念の対立から母の死に目に親不孝をした子の3人が主人公である。かれらは1日中ダブリンの街中を徘徊しながら、それぞれの心理的な傷を癒やしていく。
意識の流れの手法で、主人公たちの頭のなかでは絶えず過去の傷が再生される。それが擬似的な親子の絆の発見により癒やされていく。
そもそも『ユリシーズ』は古代ギリシア、ホメロスの『オデュッセイア』(ユリシーズは主人公オデュッセウスの英語読み)をベースとして借用する手法によっている(神話的手法)。タイトルや「輪廻転生」というキーワードを用いて、両者は結び付けられ、響き合っていく。
『オデュッセイア』では、英雄オデュッセウスがトロイア戦争遠征の留守中に妻に求婚した者たちに弓矢で報復して問題を解決する。20世紀初頭のダブリンではそのようなことは許されず、主人公ブルームはダブリンの街中をウロウロすることにより問題を解決していく。
ジョイスに先行して19世紀末、フロイトは精神分析を提唱した。無意識領域に抑圧された葛藤を自覚し表面化させて本人が意識することにより症状が解消するという。フロイトは、深層心理を知る方法として夢分析を行った。
必ずしも実際にタイムループしなくとも、頭のなかで記憶をループさせることにより、新しい経験と結び付けたり、より大きな人生観のなかに包摂して解釈しなおすことで、傷ついた人生や心を治癒・再生させることは可能である。
カズオ・イシグロの『日の名残り』もそうである。スチーブンスは、戦後、ミス・ケントンに会いに小旅行を敢行する。その間、タイムループはしないが、意識は過去と行き来する。それにより、かっての主人やかっての執事の格式などについての喪失感を癒やし、前向きに人生を進む決意を新たにする。
われわれも弁護士として、傷ついた依頼者の心と人生によりそい、法を駆使して、多少なりともその治癒と快復がなされるようお手伝いできればよいのだが。
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