2021年3月30日火曜日

不易流行


 芭蕉庵は草庵ですから、その跡が残っているわけではありません。
ですが、深川にいくと芭蕉庵跡という石碑があります。
なぜ、ここが芭蕉庵跡なのでしょう。

大正6年9月の台風の高潮のあと、このあたりから石のカエルが出土しました。そのため、ここが芭蕉庵跡であるということになりました。なぜ、石のカエルが出土すると、芭蕉庵跡なのでしょうか。

古池やの句があるからでしょう。でも、ほんとうでしょうか。やや強引というか、うさんくさいというか。ちょっとがっかりしませんか。でもいいんです。

このエピソードをわざわざ紹介したのは、これも「不易流行」を体現していると思うからです。芭蕉や弟子たちが参集した草庵は、時間の流れのなかで朽ち果て、文字どおり流れて行ってしまいました。しかし、そこで詠まれた古池やの句は、いまも輝きをはなち、不易を誇っています。

おくのほそ道の旅では、このような流行と不易が繰り返しでてきます。芭蕉はあちらこちらの歌枕で、「流行」にがっかりします。でもそのままでは終わらないところが、さすがです。ちゃんと「不易」を見いだしていきます。


さて、深川でもたもたして3日もかかりました。
そろそろ旅にでましょう。

なお、この写真に写っているカエルは上記石のカエルではありません。石のカエルはちかくにある芭蕉記念館に保管されています。芭蕉庵跡に行ったら、忘れずにあわせて寄ってみてください。

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