2010年9月17日金曜日

 わたしを離さないで



 ある医療機関の倫理審査会の委員をつとめさせていただいており、先日、審査会がありました。

 審査会に参加するたびに、スタッフのみなさんの医療レヴェル向上への熱意に頭がさがります。

 審査会は、臨床研究が倫理指針に適合しているかどうかを審査。
 私は、門外漢として医療スタッフのみなさんの熱意にできるだけ水をささないよう、でも患者(被験者)の人権も尊重されるよう「細き道」をとおって意見を述べています。

 「臨床研究に関する倫理指針」は、厚生労働省が03(平成15)年に定めたものです(04年と08年に全部改正)。
 その淵源は「ヘルシンキ宣言」。
 ナチスの人体実験に対する反省から、世界医師会総会で採択された人体実験に対する倫理規範です(1964年)。
 このなかに患者福利の尊重、インフォームド・コンセントの必要性、倫理審査会のことが定められています。

 ナチス・ドイツが数百万人といわれるユダヤ人等を大虐殺したこと(ホロコースト)は「シンドラーのリスト」などで知られるとおり。
 優れた生(民族、人種など)とそうでない生を差別することから(優生思想)、後者を大虐殺するだけでなく、人体実験、強制断種などもおこなったわけです。

 日本もひとごとではありません。731部隊による人体実験、ハンセン病療養所における強制断種・堕胎、九大病院における生体解剖事件などがすぐに思い浮かびます。731部隊は薬害エイズの原因企業であるミドリ十字の創設者・内藤良一らの出身部隊ですし、九大事件は「海と毒薬」(遠藤周作)の題材となっています。

 われわれはこれらと無縁でしょうか?

 先に紹介した「ひそやかな花園」(角田光代)の主人公・樹里は非配偶者間人工授精によりうまれた子。
 その母はドナー選択をしたときの気持ちを「私とあなたのパパは、クリニックで、さまざまな情報を見るうちに、よりいい学校を、よりいい容姿を、よりいい暮らしを、よいいい収入を、って気持ちになっちゃった。それが、生まれてくる子に対するせいいっぱいの善きことだと思いこんだ。」と述懐しています。

 「海と毒薬」の主人公・勝呂医師は集団心理(空気)に流されて自己の倫理観を手ばなし残虐な生体解剖に参加してしまいます。「運命とは黒い海であり、自分を破片のように押し流すもの。そして人間の意志や良心を麻痺させてしまうような状況を毒薬と名づけた」とされます(山本健吉)。

 こうした「海と毒薬」に負けて患者(被験者)の手をはなすわけにはいかないなぁと思っています。それで、医療スタッフの方がたに煙たがられるのを自覚しながらも、愚見を申し上げている次第です。

                                              やま 

1 件のコメント:

  1. 写真が毎回素晴らしいです。
    楽しみにしています。

    返信削除