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2023年9月21日木曜日

アクティビティ共同体

 


 軽い運動をまいにち一緒にやりましょう。というグループに入れてもらった。すこしは運動ができるやつとみこまれたのだろうか。

アプリを使って、自身はもちろん、メンバー全員の運動量や達成状況がわかる。一定の運動量に達すると達成ありで、クジをおこなったうえで、景品がでる。

運動を継続すると、健康、睡眠などにもよい影響があるなどと情報も提供される。

一緒に運動といっても、アナログに集まる必要はない。デジタルでつながっているだけだ。一人だといちばんの壁になりそうなアプリの操作方法も、SNSを通じて教えてもらえる。

運動をしたほうがよいと分かっていても、モチベーションの波が壁になる。ある日、体調と気分がよいときがあり、思い立って、ジョギングをはじめる。しかし1週間~1か月くらいしか続かない。仕事の都合や飲み会つづき、雨降りがつづいたり、体調・気分不良の日もあるから。

運動の継続は克己心だけではダメだ。少なくとも自前の克己心では。世の中にはとても強い克己心をお持ちのかたがたもいらっしゃるが。

司法試験の受験期、2年間ほどジョギングが続いたことがあった。このときは受験仲間・先輩といっしょに走ることができたため、長続きできた。

その後、何度か、断続的に運動をしているが、なかなかに続かない。つづいているのは、グループで楽しんでいるものにかぎられる。仲間とやると、互いに励まし合ったり、牽制が働いたりして長続きする。

今回は、運動仲間、アプリ、運動量と達成が目に見える、ゆるやか、歩き、達成感、クジ、景品などモチベーションを支援する道具立てがそろっている。さてどこまで続きますか。

2023年4月4日火曜日

雉も鳴かずば撮られまい

 

 大宰府政庁跡あたりを歩いていたら、桜もそろそろ終わりで、桜吹雪が散り敷いていた。すると、ギャギャッという動物園で聞くような鳴き声が。

一瞬、猿かなにかと思ったが、よく考えてキジだと思い当たった。このあたりでキジにであうのは3回目である。出会わないけれども、鳴き声だけ聞こえたことも2度ある。

鳴き声のしたほうへ接近していくと、左手方面から右手方面へキジくんが歩いている。かれもまたお散歩中のようである。

これまでは近づくと逃げてしまっていた。今回は3度目のせいか、ちかくまで寄ってもあまり逃げようとはしなかった。おかげで、かなり近くで写真を撮ることができた。

よく見ると、すごく派手だ。顔面は真っ赤。お面をかぶっているよう。歌舞伎役者も顔負け。デコルテには紫とエメラルドグリーンのチョーカー。胸のあたりはビロードような緑。背中は緑と茶でリズミカルなうろこ模様。そして尻尾が水平にピントのびて美しい。

あいにく吉備団子を持参していなかった。30分もあれば梅が枝餅を買ってこれそうだが、間に合いそうもない。残念ながら、鬼退治の家来にしそこねた。

雉も鳴かずば撃たれまい。あまりよい意味のことわざではない。たとえば、悪代官と越後屋が謀議をしている・・。

 越後屋:お代官さま、最近、神田町の佐平治のやつがわれわれのことをしきりと嗅ぎ回っていますぜ。

 悪代官:心配するな。始末するよう、配下の者にすでに指示しておる。

 越後屋:さすがお代官さま、手回しが早い。それにしても佐平治のやつ、雉も鳴かずば撃たれまいに。

みたいな。わがキジくんも鳴かなければ、写真に撮られることもなかったろう。つまり、キジも鳴かずば撮られまい。

ところで、キジはケーンケーンと鳴くといわれる。しかし、そうは聞こえない。さきに書いたようにギャギャッと聞こえる。動物の鳴き声というか金属音ぽいというか。

どちらでもよいかもしれないが、芭蕉の句があるので、そうもいかない。『笈の小文』に、つぎの句がある。

 ちゝはゝのしきりにこひし雉の声

笈の小文の旅中、杜国とともに高野山を訪ねたときの句。奥の院には戦国武将の墓がたくさんある。松尾家は武家でもはしくれのほうだったらしいが、その墓もあったらしい。

これには本歌がある。

 山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ

行基菩薩の詠という。ほろほろでないことは明らかだけれども、ケーンケーンなのか、ギャギャッなのか。句の印象はだいぶ違う。

後者の「鋭く哀切な響き」に芭蕉の父母への愛を感じるべきなのであろう。もちろん雉、雉鳴くは春の季語である。

2022年5月17日火曜日

ひさしぶりにキジくんに出会った

 


 ひさしぶりにキジくんに出会った。太宰府の学校院跡あたりを歩いていたら、ケーンと鳴き声が聞こえた。キジも鳴かずば撃たれまい。もとい、キジも鳴かずば撮られまい。

畑のなかを歩いていた。虫かなにかをついばんでいるようだ。こんかいはチョンガーだ。連れあいはどうしたのだろうか。まえに会ったときは連れあいがいた。

キジは雄のほうがきれいだ。雄のほうがきれいな動物と雌のほうがきれいな動物とはどういう振り分けになっているのだろうか。やはり数がおおいほうがきれいになるのだろうか。研究すれば、面白い論文が書けるかもしれない。

まえに会ったのは去年8月7日。観世音寺の奥の池で見かけた。あのときは連れあいと仲むつまじくしていた。あまり敏捷そうではなさそうだし、飛ぶのもうまくはなさそうだし、犬か猫にやられたのだろうか。それとも離婚したのか。

桃太郎はきび団子をご褒美として鬼退治のおともさせたというが、ほんとうだろうか。犬と猿は戦力にならなくもなかろうけれど、キジはどうなんだろう?斥候だろうか。いまでいれば、ドローンだろうか。あっ、飛ぶのはうまくないんだった。