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2023年9月4日月曜日

如意輪観音

 


 土曜は四王寺山のお鉢めぐり。四王寺山にはお鉢を中心に、33の石仏がおまつりされている。

いずれも観音(菩薩)様である。庶民の旅が簡単ではなかった江戸時代。代表で西国三十三所めぐりをした人が、かの地の土をもちかえり(高校球児が甲子園の土を持ち帰るように)、四王寺山におまつりしたという。

これにより、福岡の人々も遠く関西までいかずとも、西国三十三所めぐりができるようになった。なんちゃってであるが、ないよりよい。

三十三という数字は観音様が三十三の姿に変化されて、世を救うため。四王寺の石仏も、十一面観音、千手観音、聖観音、如意輪観音、馬頭観音などの姿に彫られている。

これまで十一面観音や千手観音を頼もしく思っていた。われわれたくさんの諸衆を救うために、頭一面、手2つではとても心細い。やはり十一面、千手・千眼は必要だろうと。

これに対し、如意輪観音はやや頼りない感じがしていた。左手の平を上に向けて、その上で宝珠や法輪を回しておられる。われわれが手の平の上でコマをまわすような感じ。その法輪を自在に回すから、如意輪観音。

如意宝珠はすべての願いをかなえ、法輪はわれわれの煩悩を破壊するという。この日はなぜか、如意輪観音さまが頼りがいのある存在に思えた。心が弱っていたのだろうか。

2021年12月8日水曜日

岡寺参拝記

 


 壺坂山から近鉄吉野線を北に1駅戻ると飛鳥、2駅戻ると岡寺である。

ちくし法律事務所になって2年目に、事務所旅行で飛鳥路を散策したことがあった。35年前のことである。今回も自転車で飛鳥を散策したかったが、ミッションとの関係もあり岡寺だけを訪問した。

岡寺は文字どおり、岡の上にある。西国三十三所7番札所である。

行基や玄坊(太宰府観世音寺に墓がある。)の師匠は義淵。彼が民を苦しめていた龍を石の蓋で封印して厄難を取り除いたという。そのため、別名龍蓋寺とも呼ばれる。寺内にはいまも龍蓋池がある。またこの由緒から日本最初の厄除け霊場。

博多でいえば厄除けは若八幡宮だろうけれども、関西に住んでいればここなのかもしれない。人生に厄年、前厄、後厄などいっぱいだから、その都度ここまで来るのはたいへんだ。

花手水は何カ所かでみたことがあるけれども、紅葉手水ははじめて。境内も紅葉が盛りだった。

ご本尊は如意輪観音。日本最大の塑像である。残念ながら撮影禁止。カラフルな幕ごしにお祈りしてくだされ。

2021年2月26日金曜日

半跏思惟


九州国立博物館の特別展「中宮寺の国宝」展に行ってきました。
目玉はもちろん国宝菩薩半跏思惟像。

頭をやや傾げて右手で頬をささえて考えてあります。
美しい、アルカイックスマイル。

飛鳥に行かなくても、
飛鳥いくスマイル(く、苦しい・・)。

奈良中宮寺でも拝観したことはあるのですが、九博ではすこし困惑というか照れくさいお顔をされているように見えます(半跏思惟がはずかしい)。脇侍がおられないせいでしょうか、それとも背中まで見えるせいでしょうか。

意識されているのかいないのか、展示のしかたもロダンの考える人のよう。そういう意味ではとても近代的表現です。

美しい点はともかく、人類を救済する菩薩としてはやや頼りなく感じられたのでしょうか、平安、鎌倉時代以降はこのような姿勢の像は造られなくなったようです。

気になったのは、この菩薩が弥勒菩薩なのか如意輪観音なのか
寺伝によると如意輪観音だけれども、当時は弥勒菩薩として造像されたのだとか。

弥勒菩薩であれば、釈迦入滅後56億7000万年後の未来、ゴーダマの次にブッダになることが約束されているのだとか。でも56億といわれると気が遠くなるというか、なんど輪廻転生をくりかえせばよいのか・・。

如意輪観音であれば、意のままに説法し、衆の苦をなくし、世間・出世間の利益を与えてくださるそう。そういう現世ご利益的な意味でも、弥勒→如意輪という考えになったのかもしれませんね。

如意輪観音であれば四王寺山にもおられます。
写真は13番札所の如意輪観音さま。

四王寺山の三十三石仏は、西国三十三所にならったもの
なので、13番は石山寺の観音さまと同体のはず。

石山寺といえば、瀬田の唐橋から南に入ったところにあり
紫式部が源氏物語を執筆したところとしても有名です。

などなどと思惟していたと思ったら、
あさきゆめをみていたのでした。