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2025年4月17日木曜日

ちくし法律事務所の春研修@唐津

 

 松浦川河口・舞鶴橋東から唐津城。気品があり美しい。

 春研修。わが事務所の毎年恒例行事。ことしは唐津で。2024年度の実績を振り返り、2025年度を展望する。1986年ちくし法律事務所創立以来の伝統であるから、もう40年になる。

 弁護士業界をめぐる激動のなか、当事務所がなんとかやっていけているのは、春研修の積み重ねのおかげである。


 虹ノ松原ごしに鏡山。松浦佐用姫伝説がある。姫は愛する人(狭手彦)の朝鮮半島での戦争への船出にあたり領巾を振り、悲しみのあまり石になってしまったという。万葉集にも歌が残る。

 松浦潟 佐用姫の兒が 領巾振りし 山の名のみや 聞きつつ居らむ


 唐津焼きだろう、曳山が飾られている。一番手前から赤獅子、青獅子、亀と浦島太郎・・・。

 唐津神社の秋期例大祭が唐津くんち。11月2~4日まで3日間おこなわれる。ユネスコの無形文化遺産。曳山は14台ある。本物は乾湿技法でできているので、ピカピカしている。


 翌朝ウォーキング。松浦川、松浦橋越しに十坊山。535.2メートル。佐賀と福岡の境である。


 唐津城の右手は唐津湾にうかぶ高島。宝当神社がある。文字どおり、宝くじに当たるご利益があるとされ、人気がある。


 城内橋。この右手に宝当桟橋がある。そこから高島まで定期船で10分。

 宝くじに当たる必要はないけれども、ことしもわが事務所が安泰でありますように。

2012年11月9日金曜日

え~! ま,いっか



(13番山 鯱
シャチってこんなんだっけ?)

『本屋さんで待ちあわせ』のなかに
すごく妬けるレビューがあります。

さて
どれでしょう?

妬けるとかいうからには
恋愛小説?

それがちょっとちがう。
答えは

『筑豊じん肺訴訟 国とは何かを問うた
18年4か月』小宮学・著

なんでや~!?
しをんさん,なんでボクやないねん。

これは
妬けます。

まったくの他人なら
別世界のことと受け流すことができます。

でも小宮弁護士は
福岡の1期先輩。

よく知っています。
なので,なんか激しく嫉妬。

いいな
いいな~。

でもこのレビューよく読むと
他のレビューとちょっとちがう。

うん,いつものように
本にたいする愛の表明がない。

そっかそっか
他の書評委員の先生がたから押しつけられたか。

などと
自分をごまかしたのでした。

ボクもしをんさんに
レビューしてもらいたい。

でも本を書いてないから
さすがのしをんさんでも無理か。

(冒頭の答え
鯱とクジラの仲間のシャチは別ものです。)

2012年11月8日木曜日

『本屋さんで待ちあわせ』




(12番山 珠取獅子)

読書ばなれ
がいわれて久しい。

まわりでもたしかに
若い人たちが本を読んでいない。

まえにも書いたが,本を読んでいない人は
長じてから物足りない気がする。

そうしたなか,明日9日まで
読書週間。というわけで

三浦しをんさんの『本屋さんで待ちあわせ』
(大和書房)を読んだ。

レビュー集なのだが
信じられないくらいおもしろい。

「はじめに」を読んだだけで
お代のもとがとれた気がする。

三浦さんは,はんぱない読書家だ。
依存症,中毒といってもいいぐらいだ。

それはそうだ
ほとんどの本を愛している。

どのレビューでも
その本への愛を惜しげもなく絶叫している。

これぐらい本を愛することができれば
本望であろう。

心配になるのは(彼女じしんも認めているが)
本にのめりこみすぎて,実際の恋愛がおろそかになることだ。

たしかに(彼女じしんも欲しているが),どこまで深いりするかは
別として,週1で会って本の話をするのは楽しそうだ。

というわけで
『本屋さんで待ちあわせ』ということになる。

2012年11月7日水曜日

倉敷へ





3番山 浦島太郎。
亀の表情がすごい。

江戸時代の人たちの
想像力に脱帽。

きょうは公務で倉敷出張
では,いってきます。

…いや,亀じゃありませんよ。
のぞみに乗って。

2012年11月6日火曜日

小式部内侍と大江山・酒呑童子と頼光と。





和泉式部の娘が
小式部内侍(こしきぶのないし)。

母とおなじく恋多き女流歌人
藤原教道,藤原定頼らお歴々と浮き名をながしています。

それだれ?というかたも
小倉百人一首のこの歌はご存知でせう。

  大江山 いく野の道の 遠ければ
         まだふみもみず 天の橋立

  (大江山を越えて、生野へも行ったことがないで
  まだ天橋立へ行ったこともありませんし,手紙も見てません)

この歌の当時,和泉式部の評判は確立していたもの
小式部内侍は母に代作を依頼しているとのウワサが。

小式部は歌合せで,歌をつくらねばならなかったとき
母の和泉式部は夫の任地・天の橋立(丹後)に。

そこで,藤原定頼が「母上から代作の使者が来ましたか?」
とからかったところ,切り返しの返事がこの歌。

この巧みな切り返しに
定頼は返歌もできないほど驚き,恥をかいたとか。

ところで,ここに出てくる大江山は
あの酒呑童子がでてくる大江山のことです。

外からの穢れから平安京をまもる堺とされ
ふるくから盗賊の住処でした。

そこに酒呑童子という鬼の頭領がいるということで
これを退治したのが源頼光。

さきにみにいった
『御伽草子』でも有名な話です。

小式部内侍と源頼光は同時代人。なので
当時の大江山はそうとう怖いところだったでせう。

…というわけでもなく,先週土曜日は
唐津くんちに行ってきました。

写真は11番山
「酒呑童子と源頼光の兜」。

頼光らが酒呑童子の首をはねたところ
首は宙をとんで,頼光の兜にかぶりついたという。

頼光はやはり藤原道長の側近で
道長の権勢の伸長とともに名声を広めたらしい。

そういう意味では
文の紫式部,和泉式部にたいする武の頼光といえそう。

かれの酒呑童子を退治したエピソードなども
そうした名声の尾ひれなのでしょう。