2025年4月10日木曜日

法律相談ー確率的な未来予測と行動指針(3)

 

 法律相談の際の未来予測は、確率的なものであるから、一定の幅をもっている。最善の結果から最悪の結果まで。だいたいは、その中間点あたりに着地することが多い。

 話を分かりやすくするために、たとえ話をすると、1,000万円の損害賠償を請求したときに、最善の結果は1,000万円満額を回収できた場合であるし、最悪の結果は1円も回収できなかった場合である。中間点となると500万円を回収できた場合である。

 こうした事件を受任する場合、弁護士としては2つのやり方に分かれる。一つは、最善の結果だけ説明して受任し、負けたら裁判官が悪いせいにするやり方(話を分かりやすくするため単純化している。)。二つは、幅のある未来についてできるだけ丁寧に説明し、できうるかぎりのご理解いただくやり方である。もちろん、われわれは後者の方法をとっている。

 この場合の行動指針としては、最善の結果を期待しつつも、最悪の結果にも備えるというものである。相談者にも、この点を説明し、おなじ行動指針を採用していただく。

 この点も、一般の人には分かりにくい話である。そもそもテレビドラマの水戸黄門的な世界観に慣れ親しんでいる一般人からすると、正義が勝たないということの理解がむずかしい。

 最悪の結果のほうを説明していると、自分の言い分を否定され、けなされているように受けとめる人がいる。最悪の結果について説明せずにすむなら説明せずにすませたい。

 しかしこの点の説明を怠ると、将来において最悪の結果になったとき、怒りの矛先が弁護士に向いてしまうことになる。理解がむずかしい話ではあるけれども、時間をかけて丁寧に説明するしかない。最善の結果と最悪の結果との間にひろがる幅のある未来について。

 ※明日は研修のため、事務所を閉めさせていただきます。

2025年4月9日水曜日

法律相談ー確率的な未来予測と行動指針(2)

 

 相談者の訴えと所持されている証拠に基づき、勝敗の見通しをつけ、その説明をする。

 勝敗の見通しは3種類である。①勝ちそう、②負けそう、③勝ち負け五分五分である。数学の解答ではないので、23.7%というような見通しはない。ざっくり7割程度勝ちそう、7割程度負けそうである。

 7割程度勝ちそうであれば、①勝ちそうの判断となる。いわゆる業界用語で勝ち筋というやつである。

 勝ち目が3割に満たないと判断すれば、②負けそうの判断となる。いわゆる負け筋である。

 ときにどちらとも判断できないことがある。勝ち負け五分五分ということになる。

 相談者に対し「負け筋と思います。」と説明すると、反論してくる人が多い。気持ちはよく分かる。自分に正義があると思えばこそ相談に来ているのである。

 しかし正義が勝つとはかぎらない。証拠が乏しいために涙を飲まなければならない事件も多い。

 相談室で、相談者と弁護士とが対面して会話しているので、相談者の言い分を弁護士が個人的に否定したように受け取られることもある。

 しかし弁護士の個人的な意見を述べているのではない。勝ち負けの判断の本番は、相談室ではなく、裁判所で行われる。それも裁判の結果であるから、1年後くらいである。われわれ弁護士による勝敗の見通しは、この1年後に裁判所でおこなわれる裁判官の判断についての未来予測である。

 100%正確ということはない。100%正確な判断ができるのであれば、弁護士をやめて、未来予測業に転職しようと思う。きっと繁盛するはずだ。

 いまできるのは、弁護士としての40年の知識と経験に基づき「裁判所は負けさせる可能性が70%程度ありますよ。」というアバウトな判断にすぎない。

 そのように判断したので「負け筋と思います。」と説明したのである。このような弁護士の見通しに反論されてもあまり意味はない。

 この次にやってくるのは「負けてもいいからやって欲しい。」という依頼である。相談時には頭にきていることが多いので、こういう依頼になりがちである。

 しかし1年経って、裁判官から「こちらの負けですよ。」と言われるときには、冷静になっていることが多い。そして後悔することが多い。

 負け筋の事件を絶対に受任しないかと言われると、そうではない。憲法訴訟や人権訴訟は、ふつうに考えれば負け筋の事件が多い。世の中には、負けるかもしれないが、戦わなければならない争いもある。

 その場合は重々説明し、十分な理解と納得を得たうえで、お引き受けをすることになる。

2025年4月8日火曜日

法律相談ー確率的な未来予測と行動指針(1)

 

 弁護士の仕事のなかで、簡単なようでいて、実はいちばん難しいのが法律相談である。

 法律相談は、医者でいえば、初診と診断である。まず相談者の訴えを傾聴する。相続、離婚、破産、不動産、登記、売買、賃貸借、請負、雇用、不法行為、会社経営など相談内容は多岐にわたる。

 相談者が話し上手とは限らない。30分経っても、論旨不明ということがよくある。間の手の入れ方も難しい。下手に話の腰を折ってしまうと、最初からやり直しになりかねない。

 法律問題は3段論法により解決される。小前提たる前提事実、大前提たる法律や判例、前者の後者へのあてはめである。論理的に結論は一つでありそうだが、そうではない。数学のようにはいかない。

 相談者がすべてを語っているとは限らない。自己に不利な事実については口をつぐんでしまうのが人情である。

 相談者が語っているのが客観的事実とは限らない。われわれは時に自己に都合のよいように事実を曲げてみてしまう。

 相談者が語っているのが客観的事実だとしても、証拠をもって裏付けられるとは限らない。水戸黄門で風車の弥七が天井裏でお代官と越後屋の陰謀を聞くようにはいかない。

 医者であれば問診のあと、血液検査やレントゲン検査をしながら、診断精度を高めていくことができる。しかし、弁護士の場合、相談者が所持している証拠がすべてではないという限界がある。通常、相手方の手もとにも半分の証拠が存在する。両者の証拠をあわせたとき、はじめて事件の全貌が姿をあらわすことになる。

 裁判官の証拠評価もひとつとは限らない。裁判官の評価は政治家ほど幅があるものではないが、裁判官が替われば事実が変わることもないではない。

 法律もそうである。おなじ憲法9条からでも自衛隊合憲説と意見説の解釈が分かれる。民法の学習というのは、解釈の分かれを学ぶものだといっても過言ではない。

 判例はさらに難しい。射程という問題がある。世にまったく同じ事件というものは存在しない。類似した事件があるのみである。そうすると、ある判例が存在していて、本件がそれに類似しているとしても、その判例の射程内にあるとは限らない。

 かくて法律相談は、床屋談議ほどの幅はないにしても、弁護士によって、さまざまなバリエーションが存在することになる。

2025年4月7日月曜日

三歳の孫と立花山登山

 

 三歳の孫と登山シリーズ第2段。前回は宗像市の城山登りだった。

 http://blog.chikushi-lo.jp/2025/02/blog-post_7.html

 こんかいは福岡市東区にある立花山。複数の峰からなる。最高峰は井楼山367.1m。戦国時代には立花山城があった。柳川の初代城主・立花宗茂の、あの立花だ。

 山は常緑樹・照葉樹林におおわれているが、そのなかにクスノキの巨木がたくさんはえている。原生林は国の特別天然記念物に指定されている。


 屏風岩。367.1mの山であるが、立花口からのルートはけっこう険しい。あとひといき。


 山頂から。博多湾とアイランドシティ。都市にちかい山であることを実感。


 志賀島、能古島、玄海島。向こう岸は糸島、可也山。


 北をのぞむ。沖に相島、大島。福間海岸、恋の浦、在自山、そして前回登った城山(宗像四塚)。

2025年4月4日金曜日

平均余命と最高の人生の見つけ方


 65歳の男性が交通事故で脊柱に運動障害を残す後遺障害を負ったとする。後遺障害第8級に該当し、45%の労働能力を喪失したとされる。

 この場合、慰謝料のほか、逸失利益(交通事故に遭わなければ得られたであろう収入)という損害について賠償請求することができる。

 65歳男性(大学卒)の平均年収は456万円である。45%の労働能力喪失だから、年間205万円の損害を被ったことになる(話を分かりやすくするための概算)。

 問題はそれがあと何年続くかである。一般的には67歳まで働けるとされる。65歳だとすると、あと2年である。

 もしくは平均余命の半分を選択することもできる。平均余命とは聞き慣れないかもしれない。平均寿命とは異なる。

 平均寿命は母数のなかに0歳や20歳で亡くなった方々が含まれている。平均余命は65歳まで生き延びてきた方々だけが母数に入る。したがって、平均余命>平均寿命となる。

 65歳男性の平均余命は19.52年である。その半分だとするとすると、・・・。

 まてよ。自分も65歳である。余命20年を切っているではないか。弁護士を40年やってきて、これまで損害賠償額を算出するための数字だったものが急に生々しいものに思えた。

 そうしたおり、「最高の人生の見つけ方」をNHK BSでやっていた。2007年、18年前の映画である。劇場でも観たし、テレビでも観たことがある。

 モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンのダブル主演。2人は同じ病室で余命半年と宣告を受けたことから、同病相憐れむということか、奇妙な連帯感が生まれる。

 人間の悲しい性(さが)。ふだんは自分の人生はいつまでも続くと思ってしまう。しかし余命半年と言われると、いわゆる締め切り効果を生じる。期限が迫ると集中力や作業効率が俄然アップする。なんとかしなくっちゃ。

 かくて2人は最高の人生を探す旅にでかける。ジャック・ニコルソンが大金持ちという設定なので、自家用ジェットで世界中を飛び回ることができる・・・。

 まてよ。モーガン・フリーマンは66歳という設定である。2007年に観たときは、じぃさん2人でいいよねと思ったが、なんとほぼ自分の年齢ではないか。これまたびっくり。思わずモーガン・フリーマンに肩入れして観てしまった。

 映画のストーリーは、簡単にいうと青い鳥(ネタバレしてすみません。18年も前の映画なのでいいでしょ。)。最高の人生は、お金をかけずとも、意外と身近で見つかるのだ。

2025年4月3日木曜日

天拝山(5)春の花々


 天拝公園のミモザ(ギンヨウアカシア)。花言葉は優雅、友情。

 3月8日は、女性の政治的自由と平等を訴える日として国連が定めた国際女性デイ。日ごろの感謝を込めて女性にミモザを送るのだとか。


 山中にはマムシ草(テンナンショウの仲間)がいっぱい。毒草。花言葉はなぜか壮大、美しさ。

 この蓋付きのコップみたいなものは苞(仏炎苞)。花はこの中。雌雄異株。まずオスの花のなかに入ったハエが移動してメスの花の中で受粉させる。ハエは出られず絶命する。そのため食虫植物と誤解されるが、ハエを食べるわけではない。であれば、ハエが逃げられるようにしてあげればよいのに。


 葉がないので落葉広葉樹の花。ナラかカバか? 山頂展望台にて。


 天拝山頂からさらに奥天拝山をめざす。急坂に息があがる。


 ひこうき雲ふたすじ。♪白い坂道が蒼空まで続いていた・・・ユーミンの曲が頭のなかを流れる。


 筑紫野市総合公園。子どもたちの歓声が聞こえてくる。


 シンメトリーな桜木。2重に美しい。花言葉は精神の美、優美な女性、純潔。


 山口川。菜の花も満開。花言葉は小さな幸せ、元気いっぱい、快活などいっぱい。なぜ幸せでなくて、小さな幸せなのだろう?


 シデコブシ。花言葉は歓迎、友情、信頼。


 レンギョウ。花言葉は希望、期待。

2025年4月2日水曜日

天拝山(4)山頂からの景色

 

 登山口から1時間ほどで山頂である。257.4m。

 展望台にのぼる。風が冷たい。

 展望台からは筑紫野、太宰府、大野城、春日、那珂川、さらには福岡市の街並みが広がる。 


 鬼門、東北の方角。

 右上、いちばん高い山は宝満山830m。そこから左手にかけて仏頂山、三郡山、砥石山、若杉山の連なり。われわれの縦走訓練コース。天満宮のご神牛の背中は、この連なりをモデルとしたという。

 中央、麓に青く光る屋根は九州国立博物館。
 その左下あたりに天満宮があるはずだが、はっきりしない。
 その左下に第一経済大学が見える。
 さらにその左下に二日市公園が見えている。
 その左下あたりに、わが事務所があるはずだ。
 
 手前左から斜めに横切っているのは九州縦貫自動車道(高速)。
 その向こうに右から、大丸別荘、大観荘が見えている。


 北の方角。四王寺山410m。山内にはかって大野城が築かれていた。

 手前麓に大宰府政庁跡。その右、白くなっているところは桜が咲いている。 


 北西の方角。


 奥に三日月山272m・立花山367.1mが見えている。その手前は井野山236m。

 さらにその手前のグリーンの横線は水木堤防。中央部分を高速道が分断してしまっている。分断した先が太宰府IC。

 左隅に福岡空港。その奥には香椎・千早副都心のビル群が見えている。 


 奥に博多湾。右から志賀島、玄海島が見えている。その向こうは玄界灘、そして壱岐・対馬、朝鮮半島である(見えないが)。

 玄海島のこちら側に見えているのは、ペイペイドームとシーホークだろうか。その手前の緑は赤坂台地か。昔は鴻臚館がよくみえただろう。

 ここのところ、大陸からの来訪者である黄砂で視界が効かないことが増えている。きょうは比較的よく見えたほうだろう。

2025年4月1日火曜日

天拝山(3)ソウシチョウ

 




 天拝山を登っていると、中腹で、鳥たちの鳴き声がする。みればソウシチョウ(相思鳥)である。たくさんいる。あまり人を恐れず、近くまで寄ってくる。

 かわいい。残念ながら外来種。江戸時代から飼い鳥として輸入された。本格的に日本へ入ってきたのは日中国交正常化のあとらしい。

 つがいのオスとメスを引き離すと互いに鳴き交わすため、相思鳥と呼ばれる。

 天に在りては願はくは比翼の鳥となり・・・

 人間の都合で連れてこられて、規制・防除の対象とされているあわれな人生、もとい鳥生である。とはいえ、生態系維持のためにはやむをえない。

 つい先日、NHK高校講座 生物で生態系の話をやっていた。10種ほどの生物がいる磯で、実験的にヒトデを取り除いたところ、たちまち生物の多様性が失われてしまったという(あくまで個人の要約です、)。

 なぜかというと、その10種のなかで、ヒトデは食物連鎖の頂点に位置した。それが失われたために、食物連鎖の下位にいる生物たちが大量繁殖した。そしてその下位にいる藻類を食べつくしてしまった。こうして、その磯の生物たちがみな絶滅してしまったのだ。

 かわいいからといって、放置することはできない。

 北方に佳人有り
 絶世に而て獨り立つ
 一たび顧みれば人の城を傾け
 再び顧みれば人の國を傾く・・・

2025年3月31日月曜日

天拝山(2)御自作天満宮

 


 芭蕉翁之碑。

 鶯の笠落としたる椿かな

 残念ながら、芭蕉は武蔵寺というか九州を訪れていない。元禄3年2月6日、伊賀上野の西島百歳亭で詠んだ句。椿の縁。

 古来、鶯は梅の花を縫って笠にしたてるのがお約束。百歳亭を訪れると、鶯がさかんに啼き、庭には椿の落花がたくさんあった。花はさかさまに落ちている。鶯が落とした笠なのだなぁ。

 梅を椿にしたところが俳諧。梅より椿のほうが笠っぽい。ここだと、天満宮、太宰府の梅にたいする武蔵寺、筑紫野の椿も表現されてさらにおもしろい。


 御自作天満宮。大宰府に左遷された道真が天を拝して無実を訴えたのが天拝山。山頂には祠がある。その下宮。自らを刻んだ像がご身体。


 紫藤の滝。道真が天拝山で無実を訴える前、身を清めたという。

 いま無実を訴えるなら、まず、ちくし法律事務所に相談してほしい。榎社から天拝山へ行くなら、途中であるし。

2025年3月28日金曜日

天拝山(1)武蔵寺


 ちくし事務所のウォーキング同好会で、天拝山トレッキングに行くことになったので、下見に行った。

 二日市温泉湯町から高速高架下を南西に入る。梅の花がかろうじて残っていた。


 登山口は武蔵寺。九州最古の仏跡である。

 天智天皇の3年、釈祚蓮勅命により九州に一宇を建立しようと筑紫にくだった天皇に協力して、土地の豪族で藤原鎌足の子孫、藤原虎麿が七堂伽藍を建立、椿の木で薬師如来を刻んで安置したのが始まりという。

 天智天皇が筑紫にくだったのは唐新羅と戦ったときのことだろうか。天智天皇の3年という年とあわない気がする。天智天皇は中大兄皇子のことで、かれは藤原鎌足とともに大化改新をなしとげたのであるから、藤原鎌足の子孫というのもどうなのだろう。


 天台宗。山号は椿花山。椿の木で薬師如来を刻んだ縁起にちなむものだろう。薬師如来は二日市温泉の温泉効果(薬効)とかかわりがあるだろう。椿は筑紫野市の木となっている。


 この写真撮影位置の右手には藤の木があり、長者の藤と呼ばれている。樹齢700年余。藤氏にちなむという。藤の花がさがるのはまだまだ先だ。 


 般若心経が石に刻まれている。

 般若心経は三蔵法師・玄奘がインドから持ち帰って中国語に翻訳したもの。時あたかも中大兄皇子と中臣鎌足が大化改新をおこなったころ(一方は仏典の翻訳、他方は殺戮。前者で世のなかを変えるほうが平和的)。

 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空・・・(♪かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう・・・)

 観音菩薩は、悟りをえる(=彼岸にわたる)智慧の修行をおこなった時、この世のすべてはみな空であると見きわめた・・・

 三蔵法師の第一弟子は、孫悟空。読んで字のとおり、孫が空を悟った。

 この世のすべてはみな空であり、彼岸にこそ実がある。それを悟ることができれば、この世の苦しみから逃れることができる。

 それはそうなんでしょうが・・・。悟りを求めて、山に登って修行します。

2025年3月27日木曜日

多良岳~経ヶ岳縦走@怪鳥会(3)ヒメ・シャラ

 


 NHK高校講座 日本史で「平氏政権の登場」をやっていた。

https://www.nhk.or.jp/kokokoza/nihonshi/contents/resume/resume_0000000571.html?lib=on

 日本史上初の武家政権だったが、おごれるものは久しからず、あっけなく歴史から姿を消してしまった。

 「平家物語」は有名な冒頭、平家の運命を沙羅双樹の花の色にたとえている。

 沙羅双樹の花は、朝に開花し夕方には落下する一日花。はかない。無常。まさしく平家の運命のようである。

 日本の寺院において沙羅の樹は、ナツツバキ(夏椿)をもってあてられている。ナツツバキは、読んで字のごとく、夏にツバキと似た花を咲かせる(ツバキの花期が冬~春であるのに対し)。 

 ただし、本場インドや中国の沙羅の樹は別物。これはやむを得ない。沙羅の樹の知識は日本の留学僧たちが持ち帰ったものだろう。

 いまでいえば彼らは宗教学の学生だったかもしれないが、生物学の学生ではない。中国でこれが沙羅の樹だよと学んだものを、日本のナツツバキと混同してしまったのかもしれない。

 ヒメシャラは、ヒメ・シャラである。ナツツバキの花より小ぶりな花を咲かせる。よってヒメ・シャラである。いまどきこのような命名をすると、男女平等理念との整合性を指摘されそうだ。

 考えすぎかもしれないが、植物界における接頭辞には注意が必要だ。カラスザンショウ・カラスウリとか、イヌビワ・イヌマキとか。カラスやイヌなどの接頭辞がつくものは、本物に似ているが劣ったもの、人間のものではないというニュアンスが含まれているから。

 沙羅、あるいは姫沙羅は、夏に花を咲かせるぐらいだから、落葉広葉樹・夏緑樹である。いまは葉を落としている。他の木々が暗色であるのに、ひとり褐色系で、しかもお肌つるつる。花がない季節でも目立つ。

 幹のお肌がつるつるであるところはサルスベリやリョウブにも似ている。この樹をサルスベリと呼ぶ地方もあるようだ。

 夏には花を咲かせるのであるが、実は花を見つけるのはむずかしい。高木であるし、夏には葉が茂っているから。落花をみて気づくことが多い。

 ナツツバキの花言葉は、「愛らしさ」「はかない美しさ」「哀愁」。

2025年3月26日水曜日

多良岳~経ヶ岳縦走@怪鳥会(2)経ヶ岳

 

 多良岳山頂から経ヶ岳山頂をめざす。もったいないが、まずはくだらなければならない。残雪がわずかに残る斜面を慎重にくだっていく。


 金泉寺。HPによると

 金泉寺は、空海が平安時代の初めころ行基菩薩の遺跡を訪ね、ここに錫を留め山頂よりやや下った西側の清水のこんこんと湧き出る所に、身の丈四尺余りの不動明王と二童子立像を刻んで本尊として建立した寺である。・・・

 全国にある弘法大師伝説にそっくりである。島原にちかい場所柄か、キリシタン教徒の焼き打ちに遭ったなどと物騒な来歴も書かれている。


 金泉寺の横には山小屋もある。営業中。Tシャツなど販売していた。中で数人が食事をしていた。

 われわれは小屋の外で昼食にした。ちょうどよい気候である。


 金泉寺前のウバユリ。種をとばした跡。枯れても趣がある。

 金泉寺からは多良岳と西岳の稜線を乗り越して、西の越の斜面をくだる。立派なヒメシャラが急斜面で頑張っている。


 さらにくだると、やや小ぶりながら奇異な枝振りのヒメシャラ。根方の土が浸食された結果だろうか。

 ここらあたりからはトラバース道(巻き道)となる。


 西岳の東北斜面の岩場。氷柱がさがっている。 


 笹ヶ岳、中山峠を越えて急斜面を登ると、経ヶ岳山頂である。山頂付近のマンサク。


 山頂から多良岳方面をのぞむ。


 下山中、目をひいた。アオダモの蕾だろうか。

 こんかい、怪鳥会初参加の女性弁護士もまじえての山行。新しい風が春を予感させた。