岐阜から名鉄犬山線に乗って犬山へ。木曽川をわたる。馬籠宿からはナビで検索すると75kmほど(道路利用だから川をくだればもっと短い)下流である。
木曽川の河原からのぞむ犬山城。尾張と美濃の国境。左岸の丘上(高さ88m)に築かれた平山城である。
1537年、織田信秀(信長の父)の弟・織田信康が城郭を造営した。
1544年、織田信康が斎藤道三との戦い(加納口の戦い)で戦死、子の織田信清が城主となった。
1564年、織田信清は織田信長に敗れ、以後、池田恒興らが城主を務めた。
『国盗り物語』三巻あたりの出来事だろうが、このあたりの記述はあっただろうか。
天守閣。現存12天守の一つ。国宝指定5天守の一つ。その美しさから、白帝城とも呼ばれる。白帝城は李白の詩に由来する。
朝に辞す白帝 彩雲の間
千里の江陵 一日に還る
両岸の猿声 啼いて住まず
軽舟已に過ぐ 万重の山
両岸の猿声 啼いて住まず
軽舟已に過ぐ 万重の山
さすが現存天守。重厚感あり。戦後復興された城とはちがう。
天守から西を望む。木曽川が大きく流れている。左手はるか伊勢湾にそそぐ。尾張からすれば美濃側への堅固な備えと思えただろう。
木曽川の向こうに雪をかぶった伊吹山(1377m)。日本百名山。こちらは岐阜と滋賀の境をなす。信長はその先の京都に思いを馳せたであろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿