その情報はT弁護士からもたらされた。どうも二日市法律事務所の女性弁護士が殺されたらしい。たいへんだ!
その小説のタイトルは『此の世の果ての殺人』。江戸川乱歩賞を受賞。史上最年少、満場一致。著者は荒木あかねさん。九大出身で、まだ20代のようだ。
小説によると事務所のようすはこう。
「西鉄大牟田線の沿線に位置する三階建てのビルが件の法律事務所だった。・・ざっと事務所を見回ったところ、一階にはエントランスと相談室、二階には弁護士と事務員の執務室、三階には資料図書室があった。洗練された内装だ・・・。
二日市法律事務所の取扱分野は交通事故や不動産トラブルから債務整理、離婚、遺言・相続、刑事事件まで多岐にわたっており、法人向けには企業法務全般も担当しているようだった・・・。」
また殺人被害者である女性弁護士の「得意分野は児童虐待、体罰、教師によるわいせつ行為、不登校、いじめ問題、児童相談所などの行政機関との交渉代理などー主に子どもの権利に関する業務であるようだ。」
なんと。わが事務所とS弁護士にそっくりな設定だ。わが事務所とS弁護士をモデルにしたにちがいない。われわれはそう考えた。そして内部犯行を疑った。
わが事務所には「あかねさん」が2人いる。どちらも「20代で九大出身」という容疑者の特徴と一致しない。江戸川乱歩賞受賞は2022年であるが、ひとりはそのころまだ事務所に入所してもいない。どうやら内部の犯行ではないようだ。
より多くの手がかりを求めて小説を読んでみた。設定は小惑星が衝突して人類が絶滅する前夜。2200万年前、恐竜が絶滅した前夜のようなもの。極端な設定だが、いまはやっているらしい。
捜査をするのは自動車学校の先生。いわゆるホームズ役の奇人だ。ワトソン役のわたしとともに事件を捜査する。人類絶滅前夜という設定以外はわりとスムーズな展開。犯人捜しにも無理はない。ミステリの王道をいっているといってよい。巻末の選評もみな高評価である。
ところで小説とモデルの関係をめぐっては柳美里の『石に泳ぐ魚』事件がある。小説のモデルとされた女性が、作者と出版社に対し損害賠償と出版差し止めを求めた。根拠はモデルの人格権侵害、名誉毀損、名誉感情の侵害である。
東京高裁が出版差止めを認め、最高裁もこれを肯定した。人格権により出版・表現の自由の制限を認めた重要な憲法判断である。
本小説がわが事務所、S弁護士をモデルにしたかどうかは分からない。しかしよく似ている。
けれども被害にあった女性弁護士の描かれ方はS弁護士の名誉を侵害するようなものではない。ちくし版『石に泳ぐ魚』事件は起こりそうもない。それどころか、著者と酒を飲んで語りあってみたいなどとのたもうている。じつに平和である。
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