諏訪湖で交差するフォッサマグナ西端・糸魚川静岡構造線と中央構造線、どちらもナウマンが発見したものです。が、中央構造線のほうが古い時代の日本列島の傷です。なので、こちらから。
写真は中央アルプスの木曽駒ヶ岳に登った際、千畳敷カールの上部から伊那谷(駒ヶ根市あたり)をのぞんだときのものです。向こうの山脈は南アルプスです。その左肩のあたりに富士山が顔をだしています(写真をクリックして拡大しないと見えないかも)。
富士山の右に、南アルプス塩見岳、左に白根三山。白根三山は左から、北岳、間の岳、濃鳥岳です。
中央構造線は、この南アルプスの手前の山麓を通っています。
ナウマンは西南日本の地質調査をしていて、西南日本を縦断する大断層を発見しました。中央構造線です。中央構造線を境として、日本海側を内帯、太平洋側を外帯と呼びます。
研究者がみなそうだと言わなければ信じがたいことですが、日本列島はその昔、ユーラシア大陸の東の端の一部でした。それが太平洋に漂いだし(ひょっこりひょうたん島のように)、いまの位置に来たというのです。
中央構造線ができたのは、日本列島が大陸の一部だったころのことです。そのころも太平洋プレートが大陸プレートの下にもぐりこんでいたわけですが、その際、太平洋上に存在した島々などをつぎつぎに大陸に付けくわえました(付加体)。内帯と外帯で地質が異なるので、そこに大断層があることがわかるのです。
以前、四国の吉野川と和歌山の紀ノ川が中央構造線上にあると書きました。
中央構造線は紀ノ川にそって東へ向かい、伊勢から伊勢湾、渥美半島の北部を通って伊那谷(南アルプスと中央アルプスの間にある)に入っています。
むかし南アルプスの塩見岳に登った際、ふもとに大鹿村がありました。大鹿歌舞伎で有名なところです。村には中央構造線博物館があります。村は中央構造線上にあるのです。
そこから北上して、駒ヶ根市ふきんを通過し、さらに北の諏訪湖(正確には茅野)に至っています。
構造線は、諏訪湖のあたりで東西に12kmほどズレています。活断層の作用によります。これも日本列島が東側からおされて、構造線の北側が西にズレたものと推定されています。すごくないですか。
0 件のコメント:
コメントを投稿