2023年10月13日金曜日

木曽駒ヶ岳、霧ヶ峰、乗鞍岳、美ヶ原(6)片倉館と野麦峠

 

 諏訪湖のほとりに昭和3年に建てられた立派な洋館が建っている(写真)。片倉館である。国の重要文化財。

いっけん役所ふうであるが、なかは温泉施設。深さ1.1メートルの1000人風呂で有名。このあたりでロケがおこなわれれば、かならず紹介される場所だ。上諏訪温泉群の中心的存在である。

われわれの会話。
「少女たちの生き血を吸って建てられたんやろうね。」
「たぶん、そうだね。」

この会話が読み解けるだろうか。ヒントはやはり諏訪湖のほとりに建てられているということだ。

むかし「あゝ野麦峠」という映画があった。森下愛子主演。山本茂実のノンフィクションが原作。同旨のものに『女工哀史』というルポルタージュもある。

明治・富国強兵政策の時代、岐阜県飛騨地方農家の10代の娘たちが、諏訪湖周辺の製糸工場で過酷な労働を強いられた姿を描く。

当時は労働基準法など労働者保護法制は存在しない。10代であっても少女たちは安価な労働力として死ぬほど(文字どおり)こき使われた。栄養も休養も感染症対策も十分でないことから、結核などの感染症がたちまち蔓延した。

長野県松本から上高地へ入る際、途中まで野麦街道となっている。奈川渡ダム(梓湖)のTころで分岐があり、左側へ登っていくと野麦峠である。これが原作・映画名にある峠である。北アルプスの乗鞍岳の南にある鞍部である。

いまなら飛騨高山から信州松本へ高速バスが運行している。長い長い安房トンネルが北アルプスを貫通し、岐阜県と長野県とを短時間で結んでいる。

しかし、ときは明治時代である。名古屋から迂回する鉄道便さえない。飛騨地方から諏訪地方へ行くには、北アルプスを越えていくしかない。峠越えは、装備も十分でない時代のことだから過酷。峠は女工たちの過酷な境遇を象徴する存在である。

片倉氏は、こうした製糸紡績事業により財をなし、片倉財閥を形成した。その事業のひとつが上記片倉館の建設である。

それで、「少女たちの生き血を吸って建てられたんだろうね」という感慨になる。むろん、こんな荒っぽいとりまとめをしたら、関係者から叱られることだろう。すみませぬ。

実際、地元の人の話をきくと、とても尊敬されているようだ。たしかに、料亭を借りあげ、芸者をかりあつめて飲めや歌えの大宴会を行い、あげくのはて玄関でお札を燃やしたという、どこぞの炭鉱王たちに比べたら、ずいぶん立派である。このような観光資源を残したのだから。

また片倉氏は、群馬にある富岡製糸場を買い取り、その存続・保存に尽くしたという。世界遺産に認定された後、富岡製糸場を訪ねたことがある。年輩の女性が糸繰りの様子を実演してくれたのが印象的だった。しかし、片岡氏の功績は知らなかった。

富岡製糸場は世界遺産となり、インバウンドを含むおおくの人を集めている。重要な観光資源として地元に貢献している。そうした恩恵を明治期の少女たちに還元してあげられればよいのだが。

0 件のコメント:

コメントを投稿