2017年12月12日火曜日

想夫恋と小督


           (嵐山・小督塚)


            (琴きき橋跡)

 九州人に「想夫恋」といえば焼きそばだけれども,『平家物語』には焼きそばとは似ても似つかぬ哀切な物語があります。また嵐山にいくと嵐山,桂川,渡月橋や天竜寺に目がいくけれども,『平家物語』ゆかりの名所がひっそりと佇んでいます。

 まずは,「小督塚」。渡月橋の北詰,大堰川沿いに西(亀山の方)に1区画ほど向かい,アラビカの角を北に入ってしばらくいくと,左側にあります。小督さんは,高倉天皇の寵姫。たいへんな美人だったそう。天皇の中宮が平清盛の娘・建礼門院徳子であったことから,清盛は小督を宮中から追放。迫害をおそれて,小督は嵯峨野に隠れ住んでいました。

 天皇は嘆き悲しみ,源仲国に命じて,小督を探させました。ときは中秋の名月が煌々と輝いています。ヒントは嵯峨野のあたり,片折り戸に茅葺きの家というだけ。みなさんだったら,どこを探しますか。

 仲国は,まず清涼寺からはじめます。例の源融ゆかりのゆかりもある寺です。嵯峨釈迦堂の名で知られ,中世以来融通念仏の道場としても知られています。謡曲「百万」はそれが舞台になっています。

 ほか堂々を見てまわりますが,見つかりません。逃げ出したい気持ちをおさえて,今度は法輪寺へ向かいます。法輪寺は,渡月橋から嵐山の中腹に見えるお寺です。つまり,仲国は嵯峨野を北から南の嵐山の方に向かったことになります。すると・・

 亀山のあたり近く,松の一叢ある方に,かすかに琴ぞ聞こえける。峰の嵐か松風か,尋ぬる人の琴の音か,覚束なくは思へども,駒を速めて行くほどに,片折り戸したる家に,琴をぞ弾き住まされたる。控えてこれを聞きければ,少しも紛ふべうもなく,小督の殿の爪音なり。楽は何ぞと聞きければ,夫を想うて恋ふと読む,想夫恋と言ふ楽なりけり。仲国,さればこそ,君の御事思ひ出で参らせて,楽こそ多けれ,この楽を弾き給ふことのやさしさよと思ひ,腰より横笛抜き出し,ちつと鳴らいて,門をほとほとと叩けば,琴をばやがて弾き止め給ひぬ・・

 このかすかに琴ぞ聞こえた場所が渡月橋の北詰とされています。ま,清涼寺から法輪寺に向かい,亀山のあたり近くに琴の音が聞こえたというのだから間違いはないでしょう。いまは立派な渡月橋が架かっていますが,むかしは琴きき橋というのが架かっていたようです。琴きき橋跡の碑がたっています。

 『小督』は謡曲にもなっています。

 紅葉の時期もよいけれど,中秋の名月をながめ,小督と仲国に思いをはせながら,ここらあたりを散策してみてはいかがでしょう。

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