2015年12月11日金曜日

法は最低限の道徳(顧問先企業研修①)


 (丹沢から富士山)

 先日,顧問先企業の従業員さんたちに対し
 研修をおこないました。

 おおむね好評・・
 だったと思います,お世辞を差しひいても。

 法と法律にまつわる色んな話をしました。
 しばらくそのときの話から。
 
 まずは,「法は最低限の道徳である。」
 いろんな意味があるでしょうが,私はこう説明しています。

 社会にはたくさんの人間が暮らしています
 ときには不和や争いごとが生じます。

 そうした紛争を解決するルールが社会には必要で
 ルールは法にかぎらず,道徳や宗教などもそうです。

 そのため,道徳や宗教と法との関係が問題になります。
 それに対する答えが「最低限の道徳」というわけです。

 たとえば,有名な「モーゼの十戒」のうち
 1~5は宗教・道徳的で,6~10は法とかぶっています。
 
  1. 主が唯一の神であること
  2. 偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
  3. 神の名をみだりに唱えてはならないこと
  4. 安息日を守ること
  5. を敬うこと
  6. 殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)
  7. 姦淫をしてはいけないこと
  8. 盗んではいけないこと
  9. 偽証してはいけないこと
  10. 隣人の家をむさぼってはいけないこと

 法は道徳や宗教とかぶることもあるけれども全部ではない
 法はむしろ人間関係の最低限のルールを定めているにすぎない。

 しかも,法はあまり内面に関知しない
 外形的な行動さえ律することができればよいとの立場です。

 これは大きくいえばわれわれの自由を守るため
 日常生活の細かなこと,内面のことまで法律に干渉されないためです。

 そのためではありますが,われわれが顧客から叱られることもしばしば
 その要求水準に答えられないことにもなるからです。

 交通事故を起こしたばあい
 過失があるほうは謝罪して当然です,道徳的には。

 しかし,民事事件の不法行為,損害賠償の場面では
 謝罪しなかったからといって,賠償額が高くなることはまずない。

 ここらへんが一般人の感覚とズレを生じることになる
 でも法は「最低限の道徳」だから,やむをえないんですねぇ。 
 

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