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2024年2月14日水曜日

~からの、萬福寺

 



 三室戸寺の門前まで戻る。さてつぎはどこへ行こうか。宇治というからにはやはり平等院鳳凰堂かと思いつつ坂をくだっていると、「右手2km萬福寺」という看板がでていた。

そうかよし、萬福寺へ行こう。きょうだったら源氏物語ミュージアムに確定だっただろう。しかし、そもそもこの旅のはじめを思い出してほしい。といっても覚えていないと思うのでURLを貼り付ける。

 http://blog.chikushi-lo.jp/2023/12/blog-post_15.html 

そう、旅のはじまりは京都国立博物館「東福寺展」なのである。そこではじめて禅宗とは何かについて体系的に学んだ気がした。

教科書で学んだ知識や美術書で書かれていたことなど、いままでバラバラだった知識が一定のまとまりをみせた。

禅宗は釈迦から28代目の弟子である達磨(ダルマ)がこれを開いた。そこからさらに脈々と高弟がつづき、臨済義玄が臨済宗を、曹山本寂と洞山良价が曹洞宗を開いた。それぞれ悟りに至る途、修行の仕方が異なる。

これは教科書に書かれていたと思うが、日本の禅宗は臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の3宗である。といっても、黄檗宗は臨済宗の一派である。

前2者は鎌倉時代に栄西、道元により伝えられ、後者は江戸時代、隠元により伝えられた。隠元は中国・明時代の人である。

などということが頭のなかをめぐり、萬福寺に向かうことにした。歩きである。途中、茶畑が広がっていた。もちろん宇治茶である。インゲンマメ畑は見受けられなかった。

萬福寺は、江戸時代、中国人(福建省)の隠元により伝えられたせいか、長崎にある崇福寺や興福寺などに似ている。極彩色で、いささか派手な印象。

そう思ったのはランタンフェスティバルの最中だったことも影響している(二枚目の写真の右手にランタンの一部が見えている。)。自転車に乗ったおばあちゃんが「夜来たほうがいいのに。」と言ってすぎさっていった。そうか、悟りへの途は遠い。

2013年5月17日金曜日

聖福寺展





福岡市博物館でやっている
『博多・聖福寺展』

栄西禅師八百年
大遠諱記念特別展。

やや意外なことに,博多の聖福寺は
日本最初の禅寺である。

しかし,鎌倉時代にタイムスリップすれば
これは意外でもなんでもない。

事情は松本清張の初期代表作
『点と線』のアリバイトリックに似ている。


念のため『点と線』の
あらすじ。

東京駅13番線プラットフォームには
料亭「小雪」の女中2人と容疑者Yの3人がいた。

15番線プラットフォームで,夜行特急「あさかぜ」に
「小雪」で働くTとSが乗り込むところを3人は目撃。

Sは現在社会をにぎわしている
汚職事件の関係者であった。

数日後、TとSは香椎の海岸で
情死体となって発見された。

博多のベテラン刑事・鳥飼は,
真相を探るため、ひとり捜査を開始。

だが、容疑者安田には
完璧なアリバイがあった…。


鳥飼は鉄道中心に推理するので
Yには完璧なアリバイがある。

しかし飛行機を考慮にいれれば
なんということはない。

移動手段が鉄道中心だった作品発表当時
このアリバイは完璧だったかもしれない。

が,いまからみれば
やや陳腐な感じ。

なぜ,鳥飼はこんな簡単なトリックを見破れないのか?
というふうに思ってしまう。


さて博多・聖福寺が日本最初の禅寺であったことも
当時の交通事情を考えれば不思議でもなんでもない。

臨済禅は中国から
もたらされた。

当時,中国に往き来するには
飛行機はなく,船だけ。

その船に乗るには
中世の大都市,博多を経由することになる。

かくて日本最古の禅寺は
博多にひらかれた。


山門の勅額にはずばり
「扶桑最初禅窟」。

日本で最初の禅寺と
書かれている。