2026年2月2日月曜日

年末の山旅(11)小海線(八ヶ岳高原線)

 

 黒斑山を下山して小諸でもう一泊。翌30日はJR茅野駅経由で八ヶ岳麓の行者小屋をめざす。

 茅野駅は八ヶ岳の向こう側(西南側)であるので、長大な山並みを大きく迂回しなければならない。本当は小海線の松原湖駅でおりて、稲子湯、本沢温泉小屋経由で八ヶ岳をめざすつもりが、小屋の宿泊日を間違えてしまい、大迂回を余儀なくされた。

 大迂回には反時計回りに松本や塩尻を経由するルートもある。だが、車窓の情緒を重視してJR小海線を利用した。小淵沢駅(山梨県)まで行き、そこから中央線に乗り換え茅野駅まで行くことにした。


 このコースは『千曲川のスケッチ』で、秋の修学旅行がおこなわれたコースである。

 「十月のはじめ、私は植物の教師T君と一緒に学生を引き連れて、千曲川の上流を指して出掛けた。秋の日和で楽しい旅を続けることが出来た。この修学旅行には、八つが岳の裾から甲州へ下り、甲府へ出、それから諏訪へ廻って、・・・。この旅には殆ど一週間を費やした。私達は蓼科、八つが岳の長い山脈について、あの周囲を一回りしたのだ。」 


 小海線は、八ヶ岳の東麓を走る。千曲川に沿って、その上流へとのぼっていく。千曲川の向こうには八ヶ岳のたおやかな稜線が見えるはずだが、この日は残念ながらガスがかかっていた。


 野辺山駅。標高1345.67m。JRの駅および日本の普通鉄道の駅としては日本一高い位置にある。この先にはJRの最高標高地点1375mもある。

 福岡県弁護士会随一の鉄ちゃんであるH弁護士にこの写真を送ったら、すかさず「野辺山駅」と回答してきた。さすがである。

 このちかくに国立の野辺山電波観測所がある。名探偵コナンの2025年の映画「隻眼の残像」の舞台となった。「聖地巡礼」とおぼしき人たちがかなりいる。残念ながら、足をのばす時間はなかった。

2026年1月30日金曜日

年末の山旅(10)白き黒斑山③

 

 黒斑山山頂である。浅間山が雄大。展望スポットとして人気があるのがうなずける。

 なんどか撮影を頼まれた。なかには自分の店の商品とおぼしきパンとともにカメラにおさまる女性もいた。気温が上昇してきたのか、カップルのせいか、あつい。


 シラビソの樹だろうか、氷柱がたくさん。さかさづりのニョロニョロのようだ。


 浅間山の手前の凹みは、湯ノ平高原、賽ノ河原である。その先(山頂から8時の方角)に前掛山の登山口がある。

 浅間山荘側から登ってくると、カモシカ平、火山館を経て湯ノ平高原の右手(南側)に達する。こちら側から下り湯ノ平口に達するルートもある。

 登山口からさらに奥の方、北にくだったとこが鬼押出しである。天明大噴火の際、噴火口から大量に流れ下った溶岩流が凝固している。


 奥の凹みが噴火口である。噴煙はみあたらない。手前の稜線が前掛山であり、火山活動が活発でないときは、登れるはずだ。

 いまいる黒斑山も前掛山も、浅間山の外輪山である。長い間、活火山として噴火、隆起、陥没、風化を繰り返し、いまあるような複雑で美しい絶景ができあがった。まさに天工のなせるワザである。


 帰り。はやトーミの頭の下りである。女性が軽快にくだっていく。鞍部からは右へ中コースをくだる。


 だいぶ下ってきた。先をいくおじさんに追いついた。

 正面に高峰のスキー場がみえる。左手の山が高峰山、右奥の山が東篭の登山、湯ノ丸山である。あとひといきだ。

2026年1月29日木曜日

年末の山旅(9)白き黒斑山②

 


 黒斑山のぼりのつづき。雪のうえに霧氷がくっついたものだろうか。ハリネズミのような雪と氷の造形がみられた。女性登山者が大騒ぎしている。


 登山道の北側が開けた。外輪山を構成する山がみえた。


 樹林帯ごしに、浅間山がみえてきた。右手にいまからいく赤ヅレの頭があり、左手にトーミの頭がある。赤ヅレの頭からいったんくだり、登り返すルートになっている。


 赤ヅレの頭に到着。阿蘇山でいえば、大観望のようなところ。カルデラごしに遮るものがなく、浅間山が美しい。


 ガトーショコラのような山容。


 急坂をのぼる。いちおう前爪つきアイゼンも持参していたのだが、チェーンスパイクだけで上り下りすることができた。


 右の高いところがトーミの頭。おそらく遠見の頭がなまったものだろう。トミー(富永弁護士の愛称)の頭と、頭がかってに変換してしまう。


 トミーの頭、もといトーミの頭から北をのぞむ。左手の尖っているのが、きょう目指す黒斑山(くろふやま)2404mである。外輪山の連なりのなかで、ひときわ高くなっている。

2026年1月28日水曜日

年末の山旅(8)白き黒斑山①

 

 きょうは浅間山の外輪山である黒斑山に登る。

 浅間山は標高2568mの成層火山。100名山。浅間山といえば、中学校の修学旅行の行き先の一つが鬼押出だった。

 唯川恵の小説『一瞬でいい』(集英社)は、雪の浅間山登山での事故がストーリーの起点となっている。

 浅間山は阿蘇山とおなじくカルデラが形成されている。阿蘇と異なるのは外輪山が2重に形成されていること。火口に近いところが前掛山、遠いところが黒斑山などになっている。

 20年ほどまえ、迫田弁護士夫婦と前掛山に登ったことがある。浅間山は活火山であるから噴石が飛んできたりして危険である。前掛山は火口に近いので、黒斑山より危険である。当時はよく分からないまま前掛山に登った。いまでは御嶽山の噴火事故などを知り怖い。

 小諸駅から高峰マウンテンパークリゾート(スキー場)行きバスに乗る。新宿からもバスが出ていて人気リゾートのようだ。バスはチェリーパークラインという名の坂道をのぼっていく。

 途中、天狗温泉・浅間山荘への道を右へわける。前掛山に登ったときには、同山荘が登山口だった。浅間山荘といっても、有名なあさま山荘事件の舞台とは別物である。

 車坂峠で下車。スキーをする人はそのまま残り、登山者が10人ほどおりた。登山口はすぐである。


 落葉松の樹林帯のなかをのぼっていく。


 途中、右手(南側)の樹林が切れて、富士山がみえた。こちらから富士山が見えるということは、富士山側からも浅間山が見えるということだ。いつもながら、富士山が見えると気分があがる。


 こちらは八ヶ岳。白く尖っているのは、白いけれども赤岳だろう。


 振り返ると、高峰山(高峰マウンテンパークリゾートの名前の由来)、その向こうは北アルプスの山並みである。


 奥は御嶽山、手前の台地状の積雪は美ヶ原だろう。


 乗鞍だろうか。


 中央は穂高連峰、その右の凹みは大キレットだろう。


 展望地。みな絶景に息をのんでいる。


 北西は四阿山だろう。


 四阿山の左肩奥は頚城山塊。右から妙高、火打、焼山、雨飾。その向こうは日本海である。

2026年1月27日火曜日

年末の山旅(7)小諸城址と『千曲川のスケッチ』

 

 ダボスから上田に戻り、しなの鉄道線で4駅東へ乗ると小諸に着く。その日は小諸に泊まった。小諸は上田からするとずっと田舎で、コンビニまでホテルから暗い夜道を10分ほど歩かなくてはならなかった。

 翌29日朝、バスの時刻まで1時間余あったので、ホテル横にあった小諸城址(懐古園)を散策した。日本百名城。信州まで山登りにきているわけであるが、同時に、にわか鉄ちゃんになったり、隠れた名湯ファンになったり、百名城マニアになったりと忙しい。

 写真は大手門。穴城と呼ばれ、市街地や鉄道より下に大手門がある。



 二の丸からは、北東に浅間山をのぞむことができた。中央背後の白い山。手前は剣ヶ峰。右手のほうが軽井沢である。


 懐古神社。


 神社のなかに、なぜか噴水。寒さに飛沫が氷っている。


 城の南西側は千曲川が流れている。つまり、小諸城は浅間山と千曲川の地形を天然の要害としている。


 1899年、島崎藤村は小諸義塾の教師として小諸に赴任した。春から冬へ移行する小諸と千曲川流域の自然と人情を写生するように書いたのが『千曲川のスケッチ』である。

 千曲川が武州、信州、甲州境にある甲武信ヶ岳に発し、八ヶ岳東麓を北上し、浅間山の麓の佐久平で西へ流れを変え、小諸や上田盆地を通って、川中島、長野盆地へ、そして奥信濃の飯山方面まで流れて行くさまが地元の人々との交流をまじえて美しく描かれている。

 藤村はこの作品を機に詩文から散文へ転換し、『破戒』などの作品を書くようになった。文字どおり、懐古するにはよい場所である。

2026年1月26日月曜日

年末の山旅(6)四阿山と根子岳③

 一週間ほどお休みをいただいた。筆者の都合ではなく、ブログ側の都合によるものである。更新されてないねとお声をいただいたので、再開することにしよう。

 

 根子岳からの下りは、往きと変えて、やや北寄りのコースにして菅平スキー場のほうへ向かう。

 北西に絶景が広がる。奥は頚城山塊。右から順に、妙高、火打、焼山、雨飾である。

 手前の盆地は長野市あたり、千曲川が左手(西南)から右手(東北)へ流れている。今朝は上田を出発した。上田では北西へ向けて流れていた千曲川だが、四阿山ほかの山塊をぐるりと迂回して、あそこでは北東へむけて流れて行く。雄大である。




 小根子岳。



 前方に北アルプスの山々。


 最後は牧場をつっきる。夏は牛が飼われているのだろうが、冬は一頭もいない。

 ここから先、ダボス地区に入っていく。トランプ大統領が乗り込んだスイスのダボスではない。菅平高原のダボス地区である。

2026年1月14日水曜日

年末の山旅(5)四阿山と根子岳②

 


 根子岳(2207m)登山のつづき。森林限界を超えた。森林限界は、風雪などの厳しい環境により、高木が生育できず森林が形成できなくなった境界のことである。

 写真ではわからないが、森林限界を超えると北西の季節風が直接吹きつけ、厳しい登山を強いられることになる。

 先行者のトレース(踏み跡)が複数あるので、ずいぶん楽だ。アイゼンだけでいけるのか、ワカンが必要なのかは微妙なところだ。トレースがしっかりあるので、ワカンは必要ないと判断した。


 振り返る。森林限界がみえる。その奥は北アルプスである。


 斜度が増してきた。スノーシューを履いている人は先行者のトレースがないところを歩きたがる。そのため複数のトレースができている。夏とちがって冬はどこを登ってもOKである。


 樹氷(スノウモンスター)。いまだ生成途上である。樹氷は霧氷の一種。マイナス5度以下の低温下、水分を含んだ強い西風が樹木の北西側に氷や雪を付着させて成長する。

 霧氷がパリパリした印象であるのに対し、スノウモンスターはどっしりした印象である。



 さらに斜度が増す。頂上の祠がみえてきた。空の青が濃い根子岳ブルーである。空気が澄んでいて積雪が太陽光の青を反射・強調することが理由である。

 冬山での「汗冷え」は危険なので、汗をかいてはいけないとされる。そのためには重ね着したウェアを頻繁に着脱しなければならない。それでもこの斜度を登るとなると、汗をかかないでいることはできない。


 山頂。抜群の天気である。方位盤の向こうに北アルプスが白く輝いている。


 南のほうは槍・穂高連峰がみえる。中央の凹みが大キレット、右に槍ヶ岳、左に穗高連峰である。


 西北西のほうは白馬連峰(白馬三山)。右から白馬岳、杓子岳、鑓ヶ岳。


 北のほうは頚城山塊。妙高、火打、焼山、雨飾(ほぼ雲に隠れている)である。先日訪れた糸魚川は、あの雨飾の向こうだ。

 手前は長野盆地、千曲川が流れている。上田のあたりを西西にむけて流れていた川は、川中島あたりで北から北東へ転針し、右手にある越後境をめざしている。


 南は八ヶ岳。逆光である。


 その向こうには富士山もみえた。200km離れていても見えるとは驚きだ。


 東南東には四阿山。根子岳は四阿火山のカルデラの一角である。

 ここらあたりはフォッサマグナの中央部である。太古海の底だったところが、数千年から数百万年まえまでに、プレートの活動により盛り上がったり、火山活動により生成されたりしたとは信じがたい。


 南東にはあす登る予定の黒斑山(右手)と浅間山(中央の白い山)がみえた。浅間山の美しさはどうだろう。期待に胸が高鳴った。