2026年2月18日水曜日

『山姥(上・下)』(坂東眞砂子著・新潮文庫)(5)

 

 謡曲『山姥』の舞台は、「越中・越後の国境にある境川に至り、そこから上路山を徒歩で越えようとしますが・・・」とあるとおり、越中・越後の国境にある境川の上流にある上路山ふきんである。上路には集落があり、ズバリ山姥神社もある。

https://www.google.com/maps/place/%E6%96%B0%E6%BD%9F%E7%9C%8C%E6%96%B0%E6%BD%9F%E5%B8%82/@36.9779188,137.6541829,14.75z/data=!4m6!3m5!1s0x5ff4c5c255c7c0f7:0xf1509bcbc990230d!8m2!3d37.9185345!4d139.069444!16zL20vMGdwNmJu?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDIxMS4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D

 越中・越後の国境、境川。そこは人界と魔界の境でもある。そこから先は山姥が出現する異界をなしている。

 越中から越後へ、上路を行かないで、海沿いに下路を行くと市振(いちぶり)がある(市振の先は昨年11月に訪ねた親不知である)。『おくのほそ道』の市振の段を引用しよう。芭蕉は逆に越後から越中へむかっている。

 今日は親知らず・子知らず・犬戻り・駒返しなどという北国一の難所を越えて疲れはべれば、枕引き寄せて寝たるに、一間隔てて面のかたに、若き女の声、ふたりばかりと聞こゆ、年老いたる男の声も交じりて物語するを聞けば、越後の国新潟といふ所の遊女なりし・・・。

 芭蕉に同道した曽良の旅日記によれば、市振の宿でこのような遊女との出会いはなかったようである。つまり、この部分は芭蕉の創作である。

 芭蕉も坂東眞砂子も意識していなかったかもしれないが、越後の山中、遊女、山姥が共鳴しあっている。国はずれ、国ざかいは人の支配が行き届かず、遊女や山姥といったマージナルな存在が行きかう世界である。

 新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』。東京四谷の男子高校生と飛騨の山深い糸守町の女子高校生が入れ替わることから物語がスタートする。2人がそれぞれ生きている世界には3年のタイムラグがあるため直接会って話ができない。ひかれあいながら、もどかしい・・・

 しかし終盤のたそがれ(誰ぞ彼、糸守の方言でカタワレ)時、ご神体の境界域をなす外輪山で、2人は互いの姿が見え、入れ替わりが元に戻り、はじめて時を超えて会話をすることができた!とても印象深いシーン。超常現象・奇跡はマージナルな時間、マージナルな場所で起きるのである。

 板東版『山姥』のワキ主人公である凉之助。東京から招かれ、不毛の肉体を持て余す美貌の役者である。凉之助はふたなり。ふたなりとは、一つのものが二つの形状をもつことをいい、特に一人で男性と女性の性器を兼ねそなえた、いわゆる両性具有をさす。

 その凉之助と、雪に閉ざされた村の暮らしに倦いている地主の嫁・てる。二人の密通が序曲となり、悲劇の幕が開いたー。しかも2人の関係は実は・・・。

 謡曲の山姥は、妄執を逃れられない苦しさを訴える一方で「善悪不二」「邪正一如」「煩悩即菩提」といった禅の思想(仏法の深淵な哲理)を説いた。この主題も坂東眞砂子の『山姥』は取り込んでいる。

 板東版『山姥』は、男女の入れ替わり、両性具有、人即山姥。男女不二、男女一如、煩悩即菩提の世界である。

2026年2月17日火曜日

『山姥(上・下)』(坂東眞砂子著・新潮文庫)(4)

 

 写真は越後駒ヶ岳である(2018.5.12)。

 坂東眞砂子の『山姥』は、駒ヶ岳の北麓の村、その近くの鉱山と白銀の狼吠山を舞台にしている。

 「・・・青く澄んだ空の縁を切り取る白銀の山嶺。白い斜面に荒い刷毛で撫ぜたような墨色の線を描いているのは、葉を落とした木々の影。・・・よく晴れているおかげで、遠くの山まで見晴らせた。南の山々の向こうにちょこんと飛びでているのは駒ヶ岳、北のほうで狼の歯のようにぎざぎざした山頂を聳えさせているのは、狼吠山だ。狼吠山から流れてくる童子川は氷りつき、知っている者でないと、どこを流れているかわかりはしない。一年も、この季節ともなると、妙の住む明夜村の家々はすっぽりと雪に埋まり、・・・」(上巻13頁)。

 越後駒ヶ岳には3度登ったことがある。標高2003mの日本百名山。八海山、中ノ岳とともに越後三山を構成し、どっしりとした山容。豪雪地帯にある山であるから、遅くまで雪が残り、高山植物が咲き乱れるときは別天地である。大好きな山である。

 越後三山の西麓はあの魚沼である。コシヒカリで有名な。豪雪は二義的。厳しくつらい冬ももたらすが、おいしい雪解け水、おいしい米ももたらす。さらに八海山というお酒をご存知のかたも多かろう。おいしい水とおいしい米はおいしいお酒ももたらすのである。

 駒ヶ岳に登るときは、いつも北麓にある駒ノ湯温泉を登山口としているので、北嶺の地理には比較的あかるい。小説を読みながら、あのへんかな、このへんかなと考える。駒ヶ岳の東麓には銀山平という鉱山跡もある。 

 しかしながら狼吠山という山は実際にはない。作者の創作である。狼吠山という名前、ぎざぎざした山頂、山岳信仰の山であること、東峰と西峰があることなどからすれば、モデルは秩父(埼玉)にある両神山かと思う。

 両神山も百名山。やはり山岳信仰の山であるし、山中、山麓の神社では、狛犬のかわりに狼の石像が鎮座している。山頂もぎざぎざしている。

 狼吠山のモデルが両神山だとすると、坂東眞砂子はかなり山に登っているはずだ。あるいは、取材するなかで、山に詳しい人物に出会ったか。

 大学の部活の友だちがライングループにアップしていた写真。かれは両神山のふもとに住んでいる。山好きのDNAは健在である。両神山のむこうに日が沈み、西の空が美しくやけている。たしかに山頂はぎざぎざしている。狼や神が跋扈していてもおかしくない神々しい姿である。

2026年2月16日月曜日

『山姥(上・下)』(坂東眞砂子著・新潮文庫)(3)


 『山姥』といえば、本家はやはり謡曲。能・演目事典によるあらすじはこう。 

 都に、山姥の山廻りの曲舞をつくってうまく演じたことから、百ま山姥(百萬山姥または百魔山姥とも)という異名を取って、人気を博していた遊女がいました。ある時、遊女は善光寺参詣を志し、従者とともに信濃国を目指して旅に出ます。その途中で、越中・越後の国境にある境川に至り、そこから上路山を徒歩で越えようとしますが、急に日が暮れてしまいます。一同が困り果てているところに、やや年嵩の女が現れて、一夜の宿を貸そうと申し出て来ました。庵に一同を案内した女は真の山姥であることを明かし、自分を題材にして遊女が名声を得た山姥の曲舞を一節謡ってほしい、日を暮れさせて庵に連れてきたのもそのためだと訴えます。遊女が恐ろしくなって謡おうとすると、女は押し止め、今宵の月の上がった夜半に謡ってくれるなら、真の姿を現して舞おうと告げて、消えてしまいます。

 夜更けになって遊女らが舞曲を奏でつつ待っていると、山姥が異形の姿を現します。深山幽谷に日々を送る山姥の境涯を語り、仏法の深淵な哲理を説き、さらに真の山廻りの様子を表して舞ううちに、山姥の姿はいずこかへ消え、見えなくなりました。


 この謡曲からインスパイアされて坂東眞砂子が『山姥』を書いたことは疑いないように思える。もう一度、新潮文庫のブックカバー裏の紹介文を引用しよう。

 「明治末期、文明開化の波も遠い越後の山里。小正月と山神への奉納芝居の準備で活気づく村に、東京から旅芸人が招かれる。不毛の肉体を持て余す美貌の役者・凉之助と、雪に閉ざされた村の暮らしに倦いている地主の嫁・てる。二人の密通が序曲となり、悲劇の幕が開いたー人間の業が生みだす壮絶な運命を未曾有の濃密さで描き、伝奇小説の枠を破った直木賞受賞作。」

 こうしてみると、両作品は越後の山中という舞台、都からやってきた旅芸人2人のワキ、そしてシテが山姥ということなどの道具立てを共有している。『山姥』が謡曲に基づき書かれたといっても間違いではないように思える。

 さらに、謡曲の山姥は、妄執を逃れられない苦しさを訴える一方で「善悪不二」「邪正一如」「煩悩即菩提」といった禅の思想(先のあらすじによれば、仏法の深淵な哲理)を説く。ここらあたりの主題も坂東眞砂子の『山姥』は取り込んでいるようである。

 もちろん板東版『山姥』だけでも十分に楽しめる。が、「本歌」のほうも知っていると、作品により深みが増すようである。

 山姥に襲われるという言説は、一般人をして山に入るのを躊躇させたであろう。子どもに夜出歩くと鬼がでるぞと注意するようなものである。熊に襲われるというのも怖いが、山姥に襲われるというのはもっと怖い。

2026年2月13日金曜日

『山姥(上・下)』(坂東眞砂子著・新潮文庫)(2)

 

 板東真佐子は1958年3月30日生まれであるから、われわれと同年代、自分より半年だけ年長である。

 高知県出身。高知県出身の小説家といえば、宮尾登美子。『櫂』で注目されて以来、緻密な構成と、時代に翻弄されながらも逞しく生きる女性を描いた作風で多くの読者に支持された。高知の花柳界で育った体験を生かした自伝的作品のほか、芸道物、歴史物のモデル小説に優れるとされる(ウィキ)。『山姥』が宮尾作品の影響を受けていることは間違いないだろう。

 高知県出身者といえば、いずれもNHK朝ドラ主人公のモデルである牧野富太郎博士(植物学者)ややなせたかし(漫画家)もいるが、彼らの影響を受けていることは感じられない。

 坂東眞砂子は奈良女子大出身。小説家としては異色なことに学部は家政学部住居学科である。その後イタリアに留学し、ミラノ工科大学等でイタリアデザインを学んでいる(ウィキ)。

 ジブリアニメ『耳をすませば』で、読書好きの主人公の中三女子・雫が知り合ったやはり読書好きの青年・聖司はヴァイオリン職人になるためイタリアのクレモーナに留学してしまう。映画をみたときは唐突な感じがしたが、自分の世界観が狭かっただけなのかもしれない。

 いまどきはビジネスでさえ基本にはデザインが必要とされているので、『山姥』の構成や細部の描写に、イタリアで培ったデザインセンスが生きているといわれれば(誰も言っていないかもしれないが)、それはそのような気がする。

 帰国後は、フリーライターを経て、寺村輝夫の主催する童話作家育成雑誌『のん』で認められ、児童向けファンタジー小説で作家としてデビュー。ホラー小説と呼ばれるジャンルの作品も多いが、「死」と「性」を主題とした作品が特徴である(ウィキ)。

 寺村輝夫は、『王さまシリーズ』『こまったさん』『わかったさん』の各シリーズ、『かいぞくポケット』など、子どもたちが小さいころ世話になった。少なくとも、『山姥』に寺村輝夫の影響は感じられない。前日に書いた『うまかたやまんば』や『くわずにょうぼう』などを通じた間接的なものは知らないが。

 1996年に本作で直木賞を受賞している。ちょうど30年前である。30年前といえば坂東眞砂子は37歳になっていただろうか(当職は36歳)。37歳当時の自身と引き比べ、30代で直木賞を受賞するとはすごい。

 当時、本屋で平積みになっていた記憶はある。だが、弁護士として多忙であった時期であるせいか購入には至らなかった。なにごとも出会い、本とも出会いである。

 著者は残念ながら2014年1月佐川町で没している。55歳の若さ。舌癌だったようだ(ウィキ)。若い人たちにはどうということのない話だ。だが、ほぼ同い年の筆者にとっては他人ごととは思えぬ話である。

 こんかい『山姥(上・下)』はAmazonを通じて古本を購入した。新刊の在庫がなかったからである。これほど面白い本で、かつ直木賞受賞作にして、30年で新刊の在庫がなくなるとは寂しいかぎりである。

2026年2月12日木曜日

『山姥(上・下)』(坂東眞砂子著・新潮文庫)(1)


 ある遺産分割調停の依頼人の奨めで『山姥(上・下)』(坂東眞砂子著・新潮文庫)を読んだ。依頼人がなぜこの本を薦めたのか、動機は最後まで不明のままだったが。ぐいぐいひきこまれて、とても面白かった。

 ネタバレになると困るけれども、ブックカバーの裏にある紹介文の引用であれば許されるであろう。

 「明治末期、文明開化の波も遠い越後の山里。小正月と山神への奉納芝居の準備で活気づく村に、東京から旅芸人が招かれる。不毛の肉体を持て余す美貌の役者・凉之助と、雪に閉ざされた村の暮らしに倦いている地主の嫁・てる。二人の密通が序曲となり、悲劇の幕が開いたー人間の業が生みだす壮絶な運命を未曾有の濃密さで描き、伝奇小説の枠を破った直木賞受賞作。」

 この紹介文を読んだだけでは、誰が、なぜ、「山姥」なのかさっぱりわからない。地主の嫁・てるが山姥なのだろうか。

 山姥(やまんば)といえば、子どもの絵本『うまかたやまんば』。福音館書店HPの紹介はこう。

 ある日、馬方は浜辺でたくさんの魚を仕入れ、馬に乗せて歩いていました。すると峠にさしかかったとき、山姥に「魚をおいてけ」といわれ、追いかけられます。馬方は怖くなり、魚の荷を投げて、山姥に差し出します。しかし、山姥はまだ追いかけてきて、馬方といた馬まで、すっかり食べてしまいます。さて、馬方の仕返しは・・・。はらはら、どきどきの連続、痛快な昔話絵本です。

 おなじく『くわずにょうぼう』。おなじく福音館書店HPの紹介はこう。

 欲張り男のところに、よく働くが飯を食わない美しい女がやってきて女房になりました。最初は喜んだ男でしたが、ある日、蔵の米がごっそり減っているので、隠れて見ていると、女房は男の留守に米を炊き握り飯を作ると、髪をほどいて頭のてっぺんの大きな口から食べてしまっていました。女の正体が鬼婆だったことを知った男は、鬼婆にとらえられ・・・。赤羽末吉の絵によるスリリングな昔話の絵本。

 どちらも子どもたちが小さいころ繰り返し読んだ。

 子どもたちにとって、母親はときに優しい女神であり、ときに恐ろしい山姥だったりする。山姥は後者のイメージを具象化したもの。それにより子どもたちのこんがらがった頭のなかが整理されるというような話を読んだことがある。河合隼雄だったか、あるいは、その他ユング派の流れを汲む誰かだったか。

 坂東眞砂子の小説のタイトルの読み方は「やまんば」ではなく「やまはは」である。その理由は読めばわかる。

2026年2月10日火曜日

顧問会社が損害賠償を請求された事件(示談解決)

 

 ハラスメントなど違法行為があったとして、顧問会社が従業員から損害賠償を請求される事案が増えている。

 阿部サダヲ主演の『不適切にもほどがある!』というテレビドラマがある。2年前の1月から3月まで放送された。

 阿部サダヲが昭和(1986年)から令和(2024年)にタイムスリップしてしまう。そこは昭和とちがい、コンプライアンスが厳しい世界である。阿部サダヲの頭は昭和のままであるから、その言動は令和の世にあっては「不適切にもほどがある」ということになってしまう。そこが笑いのツボである。

 このドラマを笑えるということは、頭のなかのコードが令和になっているという証明である。しかしなかには笑いのツボがわからない御仁もおられよう。

 われわれにとって1986年はついこのあいだである。が、両者を引き算すれば明らかなようにもう40年も経ってしまっている。われわれは「巨人の星」、「エースをねらえ」、「サインはV」などスポ根ものをみて育った。上司が部下を叱りつけて教育するのは当たり前だった。しかしいまそれはパワハラであるとしてゆるされない。

 われわれの年代の上司はついつい昔の感覚で部下を叱りつけてしまい、部下から「不適切にもほどがある(パワハラである)」として指弾されることになる。これがいまハラスメント事案が増加している原因である。

 本件も顧問会社Aが従業員Bから損害賠償の請求を受けた事案である。示談で解決することができた。パワハラ事案とはちょっと異なる。

 A社の社長としては従業員Bにある国家資格をとってもらいたかった。会社の仕事上必要な資格ではなかったが、従業員の成長に役にたつと考えた。資格を取得するには国家試験にうかる必要がある。試験を受けるにはある講義を受講する必要があった。

 講義を受講するには、一定の実務経験が必要とされていた。この点について、若干の下駄を履かせた証明書を提出した。社長としては、受講先を騙すという気はなく、受講先と連絡と了解をとりつつ、この程度の脚色は許されるだろうという考えだった。

 Bは厳しいカリキュラム受講を熱心にすませ、狭き門である試験にも合格し、資格を得た。ところが、その後、社長との間でちょっとした口論となり、会社を辞めてしまった。

 その後、上記国家資格取得は、虚偽報告に基づく違法なものであり、精神的苦痛を味わったとして、Bは200万円もの損害賠償を請求してきた(時間外賃金も請求すると言って資料を要求してきたが、こちらは早々にあきらめた。)。

 上記経過であるから、この請求は理由がない。A社の取引先など世間に知られたら困るでしょうなどと脅しまでしている。当社としてはこのような脅しに屈するわけにはいかない。200万円もの理由のないお金は支払えないと突っぱねた。

 まずBの請求は国家試験の受験資格と民間がやっている講座の受講資格を故意に混同している。Bはきちんと競争試験を受けて合格しているのであるから、国家資格取得に違法はない。

 つぎに先例を有無を尋ねた。Bの弁護士は、ブラック企業が行った詐欺事案を1例だけ引き合いにだしてきた。本件とは明らかに事案を異にする。つまり、先例は存在しないということだ。

 こうしたやりとりを踏まえて、当社は示談金30万円の支払いをもって、すべて解決するとの提案をおこなった。本件が裁判になれば、手間・ヒマをとられる上に、訴訟費用として30万円はかかるからである。

 Bはこの提案を蹴って裁判するといきまいた。・・・それから数ヶ月が経過した。結局、Bはこの提案を受諾し、無事に示談解決した。ふう。

2026年2月9日月曜日

設計代金の回収交渉事件(全額回収)

 

 民事事件とは何か。一般の人にはわかりにくく、誤解も多い。まず、刑事事件との区別がついていない人が多い。

 民事事件は弁護士に相談しなければならない。刑事事件は警察に相談しなければならない。刑事事件は犯罪でなければならない。

 たとえば、ラーメン屋で無銭飲食をしたとする。ラーメン屋に入る前に財布が空であることを知っていれば詐欺である。しかし、食べたあと財布が空であることに気づけば詐欺ではない。

 詐欺罪で有罪にするには店に入る前に財布が空であることを証明しなければならない。人の頭のなかを観察することはできないので、なかなか詐欺で立件することは難しい。つまり、警察はうてあってくれない。

 この場合でも、ラーメン屋は無銭飲食者に代金もしくは損害賠償を請求することはできる。これが民事事件である。

 刑事事件は国家対個人、民事事件は個人対個人(ときに国家賠償請求事件など国や自治体が相手となることはある。)である。

 刑事事件では有罪が確定した被告人に罰金や懲役刑などを命じ、これを強制することができる。副産物として被害者に対する謝罪や被害弁償をひきだすこともできる。

 民事事件は基本的に金銭的な解決にかぎられる(謝罪広告や、家・土地に明け渡しの強制執行など例外はある。)。相手方に謝ってほしいという人もいるが、裁判官であっても民事事件でこれを命じることはできない。せいぜい慰謝料額を増額するぐらいである。

 金銭的な解決(判決)は債務者が任意に履行しなければ、民事(強制)執行によることになる。民事執行は債務者の財産の差押えである。

 債務者に不動産、預貯金、給料などの財産があれば、これらを差し押さえることができる。しかし、財産をもたなければこれをすることができない。

 財産をもたない人が最強の債務者である。われわれも債権回収を頼まれることが多い。債務者に財産がないために回収ができないことも多い。自己破産されれば、なおさらである。

 福祉施設の経営者Aは設計士が経営する設計会社Bに福祉施設の建設を依頼し約500万円を支払った。1年が経ったが、約束どおりに進行していない。

 設計図面はできていないし、役所の許認可も得られていない、補助金を得るのに必要な建設業者の見積もそろわない。このままでは補助金や銀行融資の内諾も打ち切られてしまう。危機的な状況だ。

 かくてAから代金回収の依頼を受けた。まず、この種の事件でいつも世話になっている建築士Cに相談して業界の実情をきいた。そのうえで、Bに対し内容証明郵便をだし、現在までに作成済みの図面等の持参し、現状を説明するよう要求した。

 Aの立会いのもと数度の交渉を経て、建築確認に必要な図面さえ未完成であることが判明した。やむを得ず契約を解除し、上記代金と損害賠償を請求した。

 Aはとても寛容な人で、上記契約代金さえ返してもらえば損害賠償のほうは免除してもよいという意向を示された。いささか寛容すぎるとは助言したが、依頼人の意向には逆らえない。

 一括返済は難しいとのことで、3回に分割して支払い、約束が果たされないときは損害賠償金を含めて支払ってもらうという示談をした。

 分割金は3か月にわたり支払われた。Aの被害回復として万全ではなかったが、早期に最低限の賠償を得ることはできた。肝心の福祉施設の建設のほうも、上記建築士Cの関与のもと順調に進行しているようだ。よかった。