2026年2月5日木曜日

ペットの所有者責任・交渉事件(解決)

 

 飼っていたペットが知人の手~腕を咬んで怪我を負わせてしまい、後遺障害がのこったとして損害賠償を請求された事案。ペットのオーナー(加害者)側から交渉の依頼を受けた。

 オーナーも被害者も医療専門職であり、被害者側にも弁護士がついていた。オーナーは九州南部、被害者は関西在住で、コミュニケーションの困難が予想されたが、郵送だけでなく、メールやファックスなどで補いつつ交渉を進めることができた。

 動物の所有者の責任は民法718条に定めがある。すなわち、動物の占有者・所有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。オーナーに責任があることは当初から争いがなかった。

 問題は、その責任と相当因果関係がある損害の範囲である。金○○○万円を請求するとして金額を特定・明示した請求がなされるのが通例である。これに対し本件では、後遺障害が12級もしくは14級に相当し、被害者の年収1200万円を前提として計算すれば損害は「相当額」になるという、請求額を特定・明示しないものだった。

 加害者と被害者が知人であること、ペットによる傷害事件であることを考慮して、請求金額を特定・明示しなかったのであろうが、これは悩ましい。12級だとすると最大3550万円、14級だとすると最低385万円となり、10倍もの幅のある議論になってしまう。

 被害者側が後遺障害12級等に該当するというのは、右手のこわばり、右肘のしびれ、神経伝導速度の低下が残存しているからであるという。

 しかし、そのような残存症状と当初の症状が整合しているのかは疑問があった。その点を指摘し、100万円の示談金を提示した。これに対し、相手方からは200万円という対案の提示があり、既払医療費を考慮して160万円の支払いで示談解決した。

 被害者の治療が長引いたこともあり、解決まで2年余を要した。裁判になっていれば、さらに関西の裁判所で1年以上を要したと思われる。そうなれば、互いに多大な時間と手間と費用を要したことであろう。必ずしも長くはない人生において、3年間以上も他人と争うのはどうだろう。上記解決は互いの譲歩によるものであり、よい決着だったと思う。

2026年2月4日水曜日

年末の山旅(13)八ヶ岳②

 

 一夜明けても31日はC判定のままだった。その日登る予定だった赤岳は2899m。天気予報によると、3000m付近は28m/sの猛烈な風が吹いている。最大風速17m/s以上のものを台風というので、台風に匹敵する非常に強い風である。

 風速28m/sをAIに訊くと「何かにつかまっていないと立っていられないレベルの非常に危険な風です。高速運転中のトラックが横転したり、看板が落下・飛散するほか、固定の不十分な金属屋根がめくれるなどの重大な被害が出る可能性があるため、不要不急の外出は控えるべきです。


 テント場から赤岳を望む。


 横岳の大同心稜。クライマー憧れの岩場。高さ150メートルを超える特異な形状。冬はもちろん、夏でも一般登山者は登れない。


 中央は小同心。右手が横岳の山頂である。


 きょう登るとすればこのコースしかないと考えていた地蔵尾根の上部。


 右手の直線が赤岳展望荘である。

 写真では分かりにくいが、雲がちぎれるような速さで飛ばされていく。やはり上空は28m/s程度の強風が吹いているようだ。


 こうしたなか、多くの登山者たちは地蔵尾根や文三郎道を登っていった。グループはまだよい。他方、単独行の人を中心に撤退を決め、早々に下山していく。

 かなり迷ったが、自身はソロでもあり未熟でもあるので、撤退することに決めた。ここまで来て残念。

 昨夜は小屋に長野県警(遭難対策協議会)の人たちも泊まり込み、しきりに安全登山を訴えていた。安全登山手ぬぐいまでプレゼントしてもらった。

 仮に遭難確率20%として、5回のうち4回は無事に展望荘までたどりつけるだろう。しかし5回のうち1回は遭難する可能性がある。そのようなリスクをおかして登ることに意味があるだろうか。そう考えた結果である。


 山は逃げない。また来よう。


 赤岳がどんどん遠ざかっていく。


 この日、3000m付近の上空に強風は吹いていたが、天気じたいはよかった。後ろ髪をひかれたが、しかたがない。

2026年2月3日火曜日

年末の山旅(12)八ヶ岳①

 

 茅野駅からバスで美濃戸口まで入る。そこからは徒歩である。林道が氷っていて歩きにくい。

 1時間ほどで美濃戸に着く。美濃戸からは赤岳がみえる。また赤岳山荘、美濃戸山荘があり、四駆であればここまで車でこれる。


 美濃戸山荘まえでチェーンスパイクを装着する。3人連れとソロの人も装備をととのえている。ここからは本格的な登山道となるからだ。

 山荘のさきで道は二手にわかれる。道なりにいけば、北沢経由で赤岳鉱泉にたどりつく。まっすぐ進めば南沢経由で行者小屋である。こんかいは後者をいく。

 3人連れとソロの人は北沢へ向かった。南沢をいくのは自分ひとりだ。

 登山道は、名前のとおり、南側の沢沿いにつかず離れずに登っていく。






 南沢が氷りはじめる。天工のなせるわざ。さまざまな模様をえがきながら氷っている。




 上流にいくにしたがい、氷っている部分が多くなる。ついには雪の下にもぐってしまい、沢はなくなってしまう。そこからは沢音も聞こえず、しんとした世界がどこまでもつづいている。深い雪が音を吸収するようだ。


 赤岳と横岳の麓に立地する行者小屋に着いた。いつもは赤岳鉱泉の小屋を利用するので、行者小屋の利用ははじめて。除雪に使用したユンボが置かれたままである。


 受付でチェックイン。写真は食堂。畳の間である。


 寝室は2階。夏とちがい、利用率は40%ほど。人影もすくない。2~4人にひとつコタツ利用ができる。灯りも明るく読書もできる。快適な居住空間である。


 夕食。ご飯と味噌汁はおかわり自由。戸外は氷点下であるから、あたたかい食事がありがたい。

 あすは悪天予報であるが、どうなるであろうか。山の天気は変わりやすいので、よいほうへ変わることを期待しつつ就寝。

2026年2月2日月曜日

年末の山旅(11)小海線(八ヶ岳高原線)

 

 黒斑山を下山して小諸でもう一泊。翌30日はJR茅野駅経由で八ヶ岳麓の行者小屋をめざす。

 茅野駅は八ヶ岳の向こう側(西南側)であるので、長大な山並みを大きく迂回しなければならない。本当は小海線の松原湖駅でおりて、稲子湯、本沢温泉小屋経由で八ヶ岳をめざすつもりが、小屋の宿泊日を間違えてしまい、大迂回を余儀なくされた。

 大迂回には反時計回りに松本や塩尻を経由するルートもある。だが、車窓の情緒を重視してJR小海線を利用した。小淵沢駅(山梨県)まで行き、そこから中央線に乗り換え茅野駅まで行くことにした。


 このコースは『千曲川のスケッチ』で、秋の修学旅行がおこなわれたコースである。

 「十月のはじめ、私は植物の教師T君と一緒に学生を引き連れて、千曲川の上流を指して出掛けた。秋の日和で楽しい旅を続けることが出来た。この修学旅行には、八つが岳の裾から甲州へ下り、甲府へ出、それから諏訪へ廻って、・・・。この旅には殆ど一週間を費やした。私達は蓼科、八つが岳の長い山脈について、あの周囲を一回りしたのだ。」 


 小海線は、八ヶ岳の東麓を走る。千曲川に沿って、その上流へとのぼっていく。千曲川の向こうには八ヶ岳のたおやかな稜線が見えるはずだが、この日は残念ながらガスがかかっていた。


 野辺山駅。標高1345.67m。JRの駅および日本の普通鉄道の駅としては日本一高い位置にある。この先にはJRの最高標高地点1375mもある。

 福岡県弁護士会随一の鉄ちゃんであるH弁護士にこの写真を送ったら、すかさず「野辺山駅」と回答してきた。さすがである。

 このちかくに国立の野辺山電波観測所がある。名探偵コナンの2025年の映画「隻眼の残像」の舞台となった。「聖地巡礼」とおぼしき人たちがかなりいる。残念ながら、足をのばす時間はなかった。

2026年1月30日金曜日

年末の山旅(10)白き黒斑山③

 

 黒斑山山頂である。浅間山が雄大。展望スポットとして人気があるのがうなずける。

 なんどか撮影を頼まれた。なかには自分の店の商品とおぼしきパンとともにカメラにおさまる女性もいた。気温が上昇してきたのか、カップルのせいか、あつい。


 シラビソの樹だろうか、氷柱がたくさん。さかさづりのニョロニョロのようだ。


 浅間山の手前の凹みは、湯ノ平高原、賽ノ河原である。その先(山頂から8時の方角)に前掛山の登山口がある。

 浅間山荘側から登ってくると、カモシカ平、火山館を経て湯ノ平高原の右手(南側)に達する。こちら側から下り湯ノ平口に達するルートもある。

 登山口からさらに奥の方、北にくだったとこが鬼押出しである。天明大噴火の際、噴火口から大量に流れ下った溶岩流が凝固している。


 奥の凹みが噴火口である。噴煙はみあたらない。手前の稜線が前掛山であり、火山活動が活発でないときは、登れるはずだ。

 いまいる黒斑山も前掛山も、浅間山の外輪山である。長い間、活火山として噴火、隆起、陥没、風化を繰り返し、いまあるような複雑で美しい絶景ができあがった。まさに天工のなせるワザである。


 帰り。はやトーミの頭の下りである。女性が軽快にくだっていく。鞍部からは右へ中コースをくだる。


 だいぶ下ってきた。先をいくおじさんに追いついた。

 正面に高峰のスキー場がみえる。左手の山が高峰山、右奥の山が東篭の登山、湯ノ丸山である。あとひといきだ。

2026年1月29日木曜日

年末の山旅(9)白き黒斑山②

 


 黒斑山のぼりのつづき。雪のうえに霧氷がくっついたものだろうか。ハリネズミのような雪と氷の造形がみられた。女性登山者が大騒ぎしている。


 登山道の北側が開けた。外輪山を構成する山がみえた。


 樹林帯ごしに、浅間山がみえてきた。右手にいまからいく赤ヅレの頭があり、左手にトーミの頭がある。赤ヅレの頭からいったんくだり、登り返すルートになっている。


 赤ヅレの頭に到着。阿蘇山でいえば、大観望のようなところ。カルデラごしに遮るものがなく、浅間山が美しい。


 ガトーショコラのような山容。


 急坂をのぼる。いちおう前爪つきアイゼンも持参していたのだが、チェーンスパイクだけで上り下りすることができた。


 右の高いところがトーミの頭。おそらく遠見の頭がなまったものだろう。トミー(富永弁護士の愛称)の頭と、頭がかってに変換してしまう。


 トミーの頭、もといトーミの頭から北をのぞむ。左手の尖っているのが、きょう目指す黒斑山(くろふやま)2404mである。外輪山の連なりのなかで、ひときわ高くなっている。

2026年1月28日水曜日

年末の山旅(8)白き黒斑山①

 

 きょうは浅間山の外輪山である黒斑山に登る。

 浅間山は標高2568mの成層火山。100名山。浅間山といえば、中学校の修学旅行の行き先の一つが鬼押出だった。

 唯川恵の小説『一瞬でいい』(集英社)は、雪の浅間山登山での事故がストーリーの起点となっている。

 浅間山は阿蘇山とおなじくカルデラが形成されている。阿蘇と異なるのは外輪山が2重に形成されていること。火口に近いところが前掛山、遠いところが黒斑山などになっている。

 20年ほどまえ、迫田弁護士夫婦と前掛山に登ったことがある。浅間山は活火山であるから噴石が飛んできたりして危険である。前掛山は火口に近いので、黒斑山より危険である。当時はよく分からないまま前掛山に登った。いまでは御嶽山の噴火事故などを知り怖い。

 小諸駅から高峰マウンテンパークリゾート(スキー場)行きバスに乗る。新宿からもバスが出ていて人気リゾートのようだ。バスはチェリーパークラインという名の坂道をのぼっていく。

 途中、天狗温泉・浅間山荘への道を右へわける。前掛山に登ったときには、同山荘が登山口だった。浅間山荘といっても、有名なあさま山荘事件の舞台とは別物である。

 車坂峠で下車。スキーをする人はそのまま残り、登山者が10人ほどおりた。登山口はすぐである。


 落葉松の樹林帯のなかをのぼっていく。


 途中、右手(南側)の樹林が切れて、富士山がみえた。こちらから富士山が見えるということは、富士山側からも浅間山が見えるということだ。いつもながら、富士山が見えると気分があがる。


 こちらは八ヶ岳。白く尖っているのは、白いけれども赤岳だろう。


 振り返ると、高峰山(高峰マウンテンパークリゾートの名前の由来)、その向こうは北アルプスの山並みである。


 奥は御嶽山、手前の台地状の積雪は美ヶ原だろう。


 乗鞍だろうか。


 中央は穂高連峰、その右の凹みは大キレットだろう。


 展望地。みな絶景に息をのんでいる。


 北西は四阿山だろう。


 四阿山の左肩奥は頚城山塊。右から妙高、火打、焼山、雨飾。その向こうは日本海である。