別所線で上田駅に戻る。温泉口から南へ5分ほどで千曲川にでる。さきほど別所線でわたった千曲川橋梁が赤く美しい。
川は五木ひろしの歌にある、あの千曲川である。もうちょっと古くは島崎藤村の『千曲川のスケッチ』に描かれている。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000158/files/1503_14594.html
日本百名山である甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)を源流とする。山は名前のとおり、甲州、武州、信州三国の国境に位置する。当然のこととして分水嶺であり、信州側に降った雨が流れ下り、佐久盆地を経て上田盆地に達する。
ここからさらに流れ下り、長野市で犀川(さいがわ。上流部は槍ヶ岳に発する梓川)と合流し、新潟県に入って信濃川と名を変え、日本海に注ぐ。地理の授業で習ったとおり、日本一長い川である。
千曲川と犀川が合流するあたりが、あの川中島である。武田信玄と上杉謙信の死闘がくりひろげられた。
上田は、戦国時代、NHK大河『真田丸』で描かれたとおり、真田家の所領として名高い。上田の地勢は、甲斐の武田、越後の上杉のほか、北条、徳川という強豪に囲まれていて、どの強豪について生き延びるかという難しい選択を迫られる地域であった。
千曲川橋梁から10分ほど北へ歩くと上田城跡である。背後には太郎山があり、川が削ったと思われる崖上にある。千曲川が天然の堀になっている。要害の地である。
上田城は、徳川の大軍に二度攻められ(第一次、第二次上田合戦)、二度とも落ちなかった難攻不落の城として有名である。
第二次上田合戦といわれてもピンとこないかもしれない。関ヶ原の合戦の際、秀忠率いる家康の別動隊を遅参させたという、あの戦いである。
小諸城(懐古園)の前には、その際、秀忠が腰掛けたとされる憩石が残されている。
・・・くだくだと書いてきたが、隠れ歴男(れきお。歴女の対語らしい)ではないので、そこはよろしく。
0 件のコメント:
コメントを投稿