「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
きょうはこの歌についての「経験則」を語ろう。
『サラダ記念日』は俵万智の第一歌集。河出新社刊。
434首を収録。八月の朝、野球ゲーム、朝のネクタイ、風になる、夏の船、モーニングコール、橋本高校、待ち人ごっこ、サラダ記念日、たそがれ横丁、左右対称の我、元気でね、ジャズコンサート・IMA、路地裏の猫、いつものアメリカン。
これらサブタイトルごとに編まれている。もちろん、サラダ記念日は『サラダ記念日』のなか、「サラダ記念日」というサブタイトルのところに掲載されている。
冒頭の「八月の朝」は50首の連作短歌。角川短歌賞(1986年)を受賞している。この流れで『サラダ記念日』も角川書店から出版されるはずだったが、社長の角川春樹が「歌集は売れない」と反対して話は没に。そのため河出から出版された。角川いわく「人生最大の失敗だった」。
出版されたのは1987年5月。発売されるや、280万部の大ベストセラーとなり、新聞・テレビで一世を風靡した。弁護士2年目のことであり、40年前のことであるが、いまも記憶に新しい。
表題歌は文字どおり人口に膾炙した。自身も何度も耳にし口にした。人口に膾炙した理由は、なんといっても現代口語で詠まれているところが、サラダのように新鮮で親しみやすかったからだろう。
残念ながら、多くの人の鑑賞はここで終わり。自身もそうだった。ところが『たたかいの論理』にはその先が書いてある。
「さて、なぜ七月六日なのか。この歌は七月六日ではければならない。ほかの日ではいけないと思います。」
ヒントは七夕。「七夕が七月七日でしょう。七夕というのは織姫様と牽牛が年一回の逢瀬をする日です。」
ある古川柳がある。
江戸の町は市内騒然七月六日は普通の日ならず
「なぜ江戸の町が騒然としているのか。嬌声が飛び交っている。七月七日は私たち庶民はちょっと遠慮して天上にお任せして、前夜祭で七月六日に頑張っておこうか。それで町中が騒然としている。この句を踏まえていると思わないと七月六日という意味がない。」なるほど、なるほど、笑。
ただし、俵万智がこう考えていたかどうかは別問題。以下ウィキによる。
1 思いついたきっかけ
本歌は、弁当を作ってボーイフレンドと野球を見に行った時に思いついた。鶏のから揚げをいつもと違うカレーの味付けにしたら「美味しい」と褒められたので、「今日は記念日だな」と思ったのがきっかけ。
2 唐揚げがサラダに変わった理由
唐揚げではヘビーすぎるし、メインがおいしいよりサブがおいしい方がより記念日にすることに意義があるんじゃないか。
3 7月6日という設定
なんでもない日が記念日になるという思いを表現したかったため、恋愛のイメージが強い七夕の1日前をあえて選んだ。
また、サラダがおいしい初夏であり、音韻的にも爽やかな印象を出すために7月(しちがつ)とサラダのS音で頭韻を響かせている。
実際の日付は「七月でもなければ六日でもなくて、もうちょっと早い季節だったような気がする」
俵万智がこの説明どおりに考えて作歌をしたのだとすると、馬奈木弁護士の解釈とは趣旨が違うようだ。
それでも馬奈木説は間違っているわけではない。作品は作者の手を離れて一人歩きをはじめるから。同書の解説で川村二郎も書いている。「実のところ、その説明が事実かどうかを問うことにさして意味はないのだ。肝腎なことは、歌自体が、事実と関わらぬ遊戯性によって生きていることである。」
馬奈木弁護士もそう考えている。「そのように読む方が面白いに決まっていると私は思います。本歌取りしたね。初恋同士がサラダを食べあってじゃれている情景か。そんな馴れ初めの間ではないでしょう。もっと深い関係、その次にステーキが出て来るに違いない。しっかり肉を食ってがんばろうねという読み方もできる。」
ぼくも馬奈木説を支持したい。その理由は先の古川柳にもさらに本歌が存在するように思うから、その本歌とひもづけた方がとても豊かな世界が広がるから。その話はまた。