フォッサマグナを堪能したあとは、日本海ひすいラインで糸魚川の東にある「天下の険」親不知をめざす。おやしらずと言っても奥歯ではない。
親不知駅舎。国の登録有形文化財に登録されている。北陸道の難所に位置し、明治末期の北陸本線駅舎の様相を伝える。
2日目の宿は親不知観光ホテル。検索すると関連ワードとして「心霊」が表示されるいわくありそうな宿である。
親不知駅から歩けなくはないらしいが、すこし距離があるのと歩道がないので危険なのだそうだ。
ホテルの送迎を利用した。送迎車のドライバーはホテルの支配人である。なかなか話好きで、福岡にも来たことがあるらしい。
親不知は、日本海沿いの断崖絶壁、古くから交通の難所として知られる。北アルプスの北端が日本海の荒波に削られてできた。上からのぞき込むが、浜は見えず、火曜サスペンスの世界。長さはおよそ15キロメートル(勝山~市振)、崖の高さ300-400メートルである。
ホテル前から長い階段をくだって波打ち際までおりることができる。
断崖と波が険しいため、親は子を、子は親を顧みることができないため、親不知・子不知と呼ばれる。
ここを芭蕉一行も歩いた。「おくのほそ道」市振の段にいわく。
今日は親不知らず・子知らず・犬戻り・駒返しなどという北国一の難所を越えて疲れはべれば・・・
写真でははっきりしないが、水平線上にうっすらと佐渡島が見えていた。
西側には能登半島がうっすらと見えていた。それを覆うように虹がかかっていた。
海浜の上部にレンガトンネルがある。旧国鉄北陸本線のトンネルの跡である。
親不知には時代により4世代の道が通っている。ここはかっての国道で、第二世代の道路である。
右手岩盤には「如砥如矢」と彫られている。砥石のように平らで矢のようにまっすぐ通れるという意。難所をなんなく通れるようになったときの喜びをあらわしている。
険しい崖に道を切り開いた先人たちの苦労をいまにつたえる貴重な道として「日本の道100選」、「土木遺産」に認定されている。
現在、コミュニティロードとして整備されている。
第一世代(海浜沿い)、第二世代(いまいるところ)、第三世代(現在の国道8号線)、第四世代(北陸自動車道)の道路が見える場所。
コミュニティロードにある東屋、先の四世代道路がみえる。
手前の像はW・ウェストン。日本各地の山に登り『日本アルプスの登山と探検』を執筆、日本アルプスを世界に紹介した。彼はここを日本アルプスの起点であると記している。
ホテル横に栂池新道登山口。ここを登れば、後立山連峰の朝日岳に至ることができる。だが長大。いちどはチャレンジしたいが、できれば下りに利用したい。