2010年11月5日金曜日
「静子の日常」
敬愛する後輩(読書の師匠)の薦めで
井上荒野さんの「静子の日常」
を読みました。
荒野の書いた静子?
荒れるのか静かなのか話はどっち?と思いきや
静かな日常だけれども心の中はけっこう揺れ動くんですね。
静子は75歳。
夫に先立たれて(1年と少し前)から息子夫婦と同居。
静子は75歳だけれども、自由だ。
バスに乗れば「どこへだって行けるわ」。
「切羽へ」だって、それより先へだって。
自由のために、世の不正義、バカなこと、はしたないこと
けしからないことや猿とも闘う。
闘うといっても声だかに騒ぎ立てるわけではない。
嫁ともバトルなど下策なことはしない。
嫁の感想も、「余白にいろいろと描き込んでいくイメージ」
「義母と暮らす前は、お茶がこんなにおいしいなんて知らなかった。」
静子は75歳だけれども、あなどれない。
不正義と戦うのに、裁判所を利用したりはしない。
武器は小さな黄色い付箋や折りカゴだったりする。
言葉も「ばか?」だけだったり。
「でも、何かが動いたのはたしかだ。
動くのは、動かないより、ずっといい。
少なくとも健康的だ、と静子は思う。」
静子のまわりでは
何かが動き
息子も嫁も孫娘もその他の人々も健康的になっていく。
静子は75歳だけれども、なお成長している。
「若くはないけど、新しい歌を知ることはまだできるんだわ。」
静子がどこへでも行けるのは、夫が先立ったことも関係している。
夫が生きていたころは
いろいろあっても「切羽へ」行く勇気はなかったみたい。
(パーラーへは行ったけれども)
夫との記憶を整理しつつ
好きだった人への気持ちも整理していく。
「私はずいぶん正直になった、とも言えるわ。」
「ほんとに、どこに行っていたのおばあちゃん」
…
「行ったことのないところに、行ってみてるのよ」
静子は答えた。
私もこんなふうに75歳になりたいと思います。
一行ごとに楽しい小説でした。
本屋の立読みでよい作品に出会うのも悪くない。
でも敬愛する人から薦められてよい本で出会うのは
最高の幸せです。
※きのうの美人弁護士は誰なのか?
DMでさっそくお問合せを受けました。
ご本人はおそらく希望されないでしょうから
私の口からはいえません。
(ま、You Tubeを探してみてください。
ひょっとすると、流出しているかも?
最近はなんでもありなので。)
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