いまの人たちはほんとうに本を読まなくなった。西鉄電車に乗っていても、95%の人がスマホをいじっている。そしてゲームをしている。
新聞もおなじ。うちの若い先生がたも、少なくともこの辺ではいちばんの高学歴・知識人のはずだが、読んでいない。一般は推して知るべし。
われわれの時代は大学に教養部があったが、いまはない。きょういまから使えない、実用性のない知識には価値がないという。教養主義の終焉である。
小豆島へ事務所旅行に行ったとき、ホテルの窓から瀬戸内海をへだてて屋島が見えた。夕日に映える台形状の姿が美しく印象的。
当然のこととして話題は屋島の戦いに・・・行かなかった。みなさん屋島の戦いを知らないのである。日本史でも習わないし「平家物語」も読んでいない。あれまぁ。
こうした状況に危機感をおぼえ、出版文化のテコ入れを試みる人がおおいのか、読書案内をする番組がいくつか存在する。
まずはNHK、100de名著。これは2011年3月からやっている。もはや長寿番組である。
いまは村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』をやっている。きのうはその第2回「大切な存在の喪失」だった。
主人公トオル(法律事務所の元事務員)の妻であるクミコがある日失踪する。トオルは初めて、自分は本当に妻の何を知っていたのだろうと思い至る。失踪の理由が分からない。この謎が大きな言動力となって、物語を動かしていく(NHKテキストから)。
ねじまき鳥とはカササギのことである。黒に白のストライプが目をひく。うちの事務所の近くの電柱にも営巣している。巣作りが下手なのか雑なのか、集めた木の枝が地面に落下して散乱している。そのために巣があることに気づくぐらいだ。
佐賀あたりではカチガラスともいう。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、加藤清正が縁起がよいとして連れ帰ってきたからカチガラス。鳥まで戦利品として持ち帰ったのだろうか。そうであるとか、ちがうとか。
ギィィィィ・・・。まさしくネジを巻くような音をたてて鳴く。ねじまき鳥の声がこの世界を動かしている、あるいは、その音であるという。そういわれれば、そうかなと信じてしまいそうになる。
一節の朗読を聞いて、伊集院光が「これはデイヴィッド・リンチの世界に似ていますね」などとコメントする。すると解説者の沼野充義が「村上春樹はデイヴィッド・リンチに傾倒していますね。」などと答える。
かくて伊集院光があいかわらず、外見に似合わず鋭いコメントをしたことが分かる。頭のなかで、ツイン・ピークスの映像がフラッシュする・・・。
というわけで、むかし単行本で通読したにもかかわらず、ついつい書店で文庫本を買い、再読してしまう。番組制作者の思惑どおりである。わが頭のなかのネジもいつしか巻かれてしまった。
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