2013年6月11日火曜日
ボダイジュ
ボダイジュ。
太宰府・戒壇院に咲いています。
この木の下で
お釈迦さんは悟りをひらいたとか。
実際には,インド,中国,西洋など
種類があるらしい。
もちろんお釈迦さんが悟りをひらいたのは
インド種のものということになります。
戒壇院の説明によると
鑑真がもたらしたものだとか。
別の資料によると,ボダイジュを
日本にもたらしたのは栄西だとか。
戒壇院が鑑真説を支持したい気持ちはわかりますが
どうなんでしょう?
シューベルトの歌曲集「冬の旅」に
あるのは,西洋ボダイジュ。
市門の前の 泉の側そこに
一本の菩提樹が立っている。
僕はその木陰で見たものだった
とてもたくさんの甘い夢を。
(中略)
いま 僕は何時間も
あの場所から離れたはず。
けれど僕にはずっと ざわめきが聞こえたままだ
「あなたはここで安らぎを得られたのに!」
失恋した若者が安らぎが得られたはずの
菩提樹の木蔭のある町を捨てて出ていく。
悲しい記憶とともに,故郷を離れる
後悔,迷いが強く表現されています。
おなじボダイジュなのに
東洋と西洋でえらい違いです。
いまオルブレヒトつながりでブルガーコフの
『巨匠とマルガリータ』を読んでいるのですが
そのオープニングの場所は
菩提樹の木蔭になっています。
作家2人に正体不明の男が語りかけ
なにやら不穏な空気がただよっています。
西洋のボダイジュは
悟りとは対照的な感情を喚起するものなのでしょうか?
古くから人類と関わりがあり,とくにゲルマン民族にとっては
自由の象徴として神聖視されてきたらしい。
シューベルトも,ブルガーコフも
このような意味をもたしているのでしょうか?
花言葉は
結婚,情熱の恋。
これまた自由とは対極にあるようで
よく分かりません。
0 件のコメント:
コメントを投稿