大谷藤郎さんの訃報に接しました
1昨日(7日)、ご逝去
旧厚生省にありながらハンセン病問題解決に貢献されました。
私が生まれた1959年に入省
72年国立療養所課長
81年医務局長
これら要職を歴任し
国の医療行政の責任者としてハンセン病施策を担当されました。
在職中から患者の人権回復・処遇改善にとりくみ
退職後は、隔離を定めたらい予防法の廃止(96年)に尽力。
ただやはり内部からの改革には限界があり
形式的な法廃止にとどまっていたことから
差別・偏見の撤廃や退所支援策など不十分なままでした。
そこで被害者らは90年におよぶ隔離政策の完全廃絶を求めて
ハンセン病国賠訴訟を提訴しました(98年)。
99年8月、10月、大谷さんは熊本地裁で
原告、被告双方の証人として出廷、証言されました。
双方の申請なので、私たちは主尋問と反対尋問をおこない
私は反対尋問チームの責任者でした。
大谷さんは尋問準備のための事前面談に応じられず
最後までどのような証言になるか予断を許しませんでした。
しかしながら「新憲法施行後に予防法を制定したのは誤りだった」
と、国の責任を明快に認める証言をされました。
これが決め手となり
熊本地裁は国の隔離政策を違憲とする判決をおこない
小泉首相の控訴断念により確定しました(01年)。
大谷さん、ありがとうございました。
ご冥福をお祈りします。
浦田弁護士からご丁寧な手紙をいただきました。私が書きこんだコメントが消えていますよ、という御連絡したのですが、私が「抗議」しているように解釈されたかもしれません。御安心ください、貴事務所の方がコメントを抹消するなんて心にも思っておりませんので。
返信削除問題は、このコメントが消えずに残るかどうか、です。